津谷元代表幹事の後を追い続けて

ちょうど1年前の今日,津谷裕貴先生が暴漢の凶刃にたおれられた。
 事件に関連するシンポジウム,一周忌のご法要,お墓参り,津谷裕貴弁護士追悼論文集「消費者取引と法」を墓前に捧げる会などが催され,多くの先輩・仲間とともに私も秋田へ行きました。
 民事法研究会から本日付で第1版が発行された津谷裕貴弁護士追悼論文集「消費者取引と法」は,研究者,実務家,津谷先生の玉稿が所収された,高い価値のある追悼論文集になっており,私は,箱に入り,薄い紙が巻かれた著者謹呈版をいただいて,また一つ,津谷先生に「立派にしていただいた」様に感じました。

 僕は弁護士になって1か月ほどしたとき、それまで何の予備知識もなく(赤いダイヤという言葉でさえも聞いたことがあるようなないような)、先物取引被害事件を担当することになりました。分からないことばかりですから、絶版になっていたものを含め、多くの書籍を集めて読むことにしました。「実践先物取引被害の救済」に書かれてあった手続はそのほとんど行いました(初めての建玉分析、行政処分の申立、制裁の申立など)。先物取引裁判例集のほとんど全部に目を通して先物訴訟のイメージを得ようとし、「勝利の追体験」を試みました。そこには、ここかしこに津谷先生のお名前がありました。
 先物取引被害全国研究会に参加してすぐに、津谷先生は僕の兄貴分になりました。初めてお目にかかったのは、確か、齋藤雅弘先生、吉岡和弘先生とともにアイコム事件について打ち合わせをしていたときだったと思います。それからずっと、ことあるごとに声をかけて下さり、面倒を見て下さいました。いつも、「人」に引きつけて物事を考えられる。何かの論点に議論が行くと、「それは三木さんの判決がある。村本さんだったっけか」と、判決事案を担当した会員の名前を挙げて判決を特定されていました。
 日弁連の消費者問題対策委員会では、金融サービス部会で「先物取引被害救済の手引」の改訂作業をご一緒させて頂きました。僕と加藤先生が、細かい資料は改訂に際して削除してしまったらいいじゃないかという意見を述べると、「いや。んと、んと、あれだ、特定売買の関係でこんな規定(あるいは答弁)が確かあったんじゃなかったっけか、やっぱそれ、まだ要るんだわ」などと的確な指摘をされて、大切な資料を省略してしまうという失態をあやうく免れたということが複数回ありました。
 津谷先生が代表を務めた次の次の期(山崎敏彦先生によって津谷先生が無期限名誉代表幹事にさせられた次の期)に、先物研の事務局長をさせていただきました。津谷先生の「荒井さんでいいだろ」という宣告めいた推薦に、僕も腹を決めました。津谷先生にとってそうであったように、僕にとっても、先物取引被害全国研究会は、弁護士人生の基盤となる、大きな存在になりました。
 平成21年には「実践先物取引被害の救済全訂増補版」の執筆に誘って頂き、相当の時間を一緒に過ごさせて頂きました。眺めの良いホテルの部屋でシャンパンを飲みながら、どうやったらこういうところを安価に確保することができるかというところについては独自のノウハウがあるから、先物実践本などという色気のない本の改訂が終わったらそっちを出そうかなと話をされていました。二人で食事をしたこともあったし(なんだ、男二人で飯食っても意外と面白いもんだな、と仰っていただきました)、高裁で過失相殺なしの逆転判決が出た平成22年3月17日にはうちの事務所の弁護士全員で駆けつけて下さった津谷先生を囲んで食事をしました(ワイン代くらい出すよと言っていただいたので甘えると、食事代をはるかに上回っていました)。
 津谷先生の日弁連消費者問題対策委員会委員長就任までのご活躍は、先物実践本の執筆をご一緒した白出先生の「応援演説」のとおりであり(僕はこれを聴くためだけに日弁連に行きました)、その後のご活躍は坂先生をはじめとした人権大会分科会開催準備隊により広く語られているとおりです。とにかく、優しかった。何かの理由があって人に優しくするというのならわかりますが、津谷先生は人に優しくするために何かの理由を作り出したりするような。
 津谷先生が日弁消費者の委員長になられたときに「さん付けルール」を仰ったので、その後酔った勢いもあって、「そんな、誰を何と呼ぶかなんか自由じゃないですか。きょうび若いのは先生先生言われるくらいのばかでちょうどいいんですよ。せめて同業者くらい先生と呼んでやらないと」などとくってかかっても、「いやあ、荒井さんがそういうことを言ってると、そのうちそんなこと書いた判決持ってきちゃったりするんだもんなぁ」といってかわされたりされたりしました。しかし、僕にとって津谷先生が兄貴分であり師匠であることは譲れないところであり、そんな僕が勝手に津谷先生とお呼びすることをおしかりになる方はおられないでしょう(津谷先生も赦して下さるはずです)。
 津谷先生のお名前は、事件に関連付けて人の口に上ることも多いと思います。真実の解明は、曲がったことがお嫌いであった津谷先生の望まれるところでもあるでしょう。しかし僕は、津谷先生を、そのご活動と上記ご交流によって記憶したい。あんな事件に引きつけて津谷先生を記憶などするものか。
 準備書面などを起案していると,いまだに,ふと喪失感に囚われることがあります。勝訴判決を得たときもそうです。敗訴判決を得たときもそうです。津谷先生,僕は今こんな事件をやっています。どう思いますか?どうやればいいですか?ご意見を頂きたいです・・・。
 津谷先生、お約束します。僕は、津谷先生に恥ずかしくない、精一杯の仕事をします。先生のあとを、追い続けます。本当です。見ていて下さい。

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