個性的であるということ2(命名)

なかなかブログを続けるのは難しいですね。いろんな面白いことが日々起きているのですが,いかんせん,忙しすぎる。仕方がない。好評を博したナンセンス的なやつをもう一発いきましょう。

 我が子の命名だけは個性的にやりたいと願うことは最近ではなかば当然視され,ガイコクジン風が今風であり,個性的であるということで(ガイコクジンは昔からガイコクジンやっておられるんでしょうけれどもね。),安土伶(アンドレ),彩門(サイモン),慕歩(ボブ),芽里依(メリー),瀬詩留(セシール),黎千留(レイチル)などというかわいらしい名前が没個性的な程度に(すみませんが,これは,事実の評価の問題であって,これらのお名前がかわいらしいということを否定するものでは全くありません。)見られる。
 世界的に通用する名前にしたいという願いはもっともであるけれども,日本的というのも素晴らしい価値であり,それが今は一層ガイコクジン風に格好が良いのではないか。そして,ガイコクジンにとって日本的な名前というのは,純粋なガイコクジンの名前に似ているけれども少し違っている,という程度のものであると考えられる。そこで,ガイコクジンにとっても親しみやすく,かつ,日本的であると理解されうる個性的(多用されていない,という程度の意味である。)な名前を考えてみる。
 例えば,「上下」。ジョーゲと読む。ジョージ風である。
 「謀反」。ムホンと読む。ムハンマド風である。
 いずれもガイコクジンにとって,日本的情緒を感じさせるに違いない。
 
 命名には願いをこめたいという人もあり,例えば,進(すすむ,しん),歩(あゆむ)というのが周りにいる。しかし,願いをこめるのであれば,きちんとメッセージが伝わる方が良いだろう。「進」だけでは分からない。名前に送りがなを付けてはいけないという固定観念は,個性的ではない。
 「進む」なのか「進め」なのか。どこに進めばよいのか。我が子よ,悩まずとも良い。「直進せよ」と命名するべきである。あくまで願いであって強制する意図でない場合には,「進んでも吉」などと命名すると良い。「匍匐前進ならなお吉」とか。
 「歩」は,どのような速度で歩けばよいのかを明示しておくことが望ましい。昨今の世情からすれば,「早く歩け」という願いがこめられているものと推測されるが,その場合には,いっそ,「父と共に走ろう」などと命名すると良い。

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