医師立会いの遺言

遺言は作成すべき,このことは改めて語るまでもありません。

ただ,遺言を作成し,ないしは遺言の内容を変更したいと思っても,高齢のため認知症等による判断能力の低下が問題になることがあります。

遺言をするためには遺言能力というものが必要です(民法963条)。簡単に言うと遺言をするに十分な判断能力のことです。これがないと遺言を作成しても無効とされてしまいます。また,判断能力低下のため既に後見が開始されている場合にも基本的に遺言が作成できません。判断能力が著しく失われた状況で従来の自分の意思とは全く異なるめちゃくちゃな遺言を作成してしまい,それが有効とされてしまっては大変ですから,この制約自体は本人を保護するためにも重要なことです。

ただ,認知症の疑いがあると,せっかく遺言を作成してもこの制約にかかるのではないかと,後に相続人間で争いが生じ得ます。そのため判断能力がまだ十分にある時点で遺言を作成することが肝要ですが,認知症に罹ったとしても遺言ができなくなるほど判断能力が低下するとは限りませんし,一時的に症状が回復して判断能力を取り戻すこともあります。そういった場合にも遺言が作れないとなると本人のためになりません。

そのような場合で,かつ後見が開始していない場合には,判断能力がある旨の診断書を公証人に提出することで,公正証書遺言の作成が可能になることがあります。しかし,そのような疑義がある状況での遺言ですから,後々争いの種にはなり得ます。特に,遺言作成後すぐに後見を開始したような場合には,遺言能力が疑われてもやむを得ません。

では少しでも後の争いを予防しつつ遺言を作成・変更するためには,どのようにしたらよいのでしょうか。

そこで一つ参考になるのが,民法973条です。これによると,本来遺言能力が認められない成年被後見人であっても,医師2名が立ち会い,その判断能力がある旨を証すれば遺言を作成することができます。そのようにすれば成年被後見人の場合であっても遺言が作成できるのですから,後日後見開始予定の人でも,医師の立会いによって判断能力があることを担保できれば,遺言の有効性を確かなものにすることができると考えられます(民法973条の準用)。

しかし,成年被後見人の場合であれ,後見開始直前の場合であれ,医師が公正証書遺言作成に立ち会うというケースは,ほとんどないようです。ある都心の公証役場の方に聞いてみても,そういうことはやったことがないと言われましたし,何名かの医師にあたってみましたが,色よい返事はなかなか聞けませんでした。小さな病院は親身に話を聞いてくれる傾向にあるようですが,そもそも判断能力の有無の判断ができないところも多々見られましたし,大きな病院は大きな病院で柔軟性に欠けるのか機械的に遮断されることが多くありました。そんな多数の試行を経て,ようやく,とある公証役場の公証人から,数回経験がある,協力してくれる医師も紹介できる,との話を聞くことができました。また,ある小規模な病院と,依頼者が入居している老人ホームに関連する大きな病院からも協力を得ることに成功しました。?経験のある公証人を探す,?主治医に相談する,?入居施設の人に相談する,?片っ端から病院に電話を架ける,あたりを頑張れば何とか見つかるようです。

そして,昨日,協力してくれる医師2名の立会いのもと,公正証書遺言を無事作成しました。医師2名弁護士2名公証人1名が揃った重い雰囲気の中で遺言を作成するという貴重な経験でした。

遺産をめぐる争いは悲しいものですから,疑義のない遺言を残すべく,このような制度の存在も頭の片隅に入れておきたいですね。