生命保険解約返戻金請求権等の差押えにおいては,従前,保険証券番号の特定が必要であるとされ,これを欠くときには不適法な申立てとして却下されていた。しかしながら,債務者と第三債務者の間にいかなる保険契約が存在するのか,存在するとしてその保険契約に係る証券番号その他の詳細は通常は債権者に知りうるものではないから,証券番号の特定を求めるときには,価値その他の観点から差押えの現実的な対象となりうる保険解約返戻金等が,事実上の差押不能財産となってしまうことになる。
そもそも,保険契約は,長期間継続することが一般的であり,契約期間中に契約者自身が証書を紛失することもあれば,病気や事故で記憶や判断力が失われることもあるし,死亡することも契約の性質上当然に想定される。保険会社は,日常的に保険契約を特定する作業をせざるをえない業態であり,その業務においては氏名,住所,生年月日から保険契約を検索探知しているのである。
また,「終身保険,定期保険のほか,年金保険,医療保険及び学資保険等の多数の種別」は,法律によって定められているものではない。法律上,保険の種類は,保険法による生命保険,損害保険,傷害疾病定額保険の3種類の区別しかないが,各保険会社は,様々な保険商品を開発しており,その名称も,個々の保険会社が自由に名付け,同様の内容の保険でも会社によって,また同じ会社でも時期によって名称が変更されることがある。「契約の種別」は個々の保険会社が開発した商品の商品名にすぎないのである。
弁護士法23条の2に基づく照会(23条照会)への現実の対応状況も預金債権についての銀行のそれとは全く異なっている。すなわち,簡易生命保険を含む生命保険の全てについてその詳細を調査するための23条照会は,氏名及び生年月日と住所地(及び旧住所地)が特定されていさえすれば原則として回答がなされる運用になっており,23条照会のマニュアルなどのいずれにも,必ず,生命保険協会への一括照会の書式が載っていて,生命保険協会自身も弁護士会宛てに同協会に照会して欲しい旨文書で要請しているところであり,生命保険会社にとって照会に回答することは日常業務となっているのであって,この点で預金口座の照会が定型的に行われていない預金の取扱支店の限定の問題とは,全く状況を異にするのである。このこと自体が,すでに,保険会社において契約者の氏名・生年月日及び住所地さえ明らかになれば保険契約を探知・特定することが容易にできることを示している。
これらの問題意識を持ってした申立てについて,東京高決平成22年9月8日金商1354号38頁・金法1913号92頁・消費者法ニュース86号287頁・判タ1337号271頁・判時2099号25頁は,大要,以下のとおり判示して証券番号の特定を不要とした。
「(生命保険解約返戻金等を差押債権とする場合の)特定は,本来保険証券番号を特定することによって行うことが望ましいが,弁護士法23条の2に基づく照会にもかかわらず,第三債務者において保険証券番号を回答しないという場合にまで,保険証券番号の特定を求めることは相当とはいえない。このような観点から第三債務者において,多数の保険契約の類型や種類を通じてその契約年月日の先後を調査し特定することができるかを検討すると,?契約が古い順との記載がある場合には保険の種類を問わず全ての保険契約を調査対象として差押命令に対応すると回答する保険会社があること,?契約者の氏名,住所,生年月日及び性別のみを特定した23条照会に47社中43社が契約の有無等を回答していること,?複数の同旨発令例があり,これらに対して保険会社から不服申立手続が採られていないことから,これを肯定するべきである。解約返戻金請求権は将来債権であり差押の効果が及ぶ範囲の判断は差押時点においてせざるをえないが,これを理由に特定がないということはできない。」
保険解約返戻金等についてのこの問題は,上記東京高決を受けて,東京地裁の執行センターでも,証券番号を特定しなくとも差押命令を発するというように実務が変更されたようであり,今後その定着が待たれる。
決定PDF 東京高裁平成22年9月8日決定
⇒金融・商事判例1354号38頁
⇒金融法務事情1913号92頁
⇒消費者法ニュース86号287頁
⇒判例タイムズ1337号271頁
⇒判例時報2099号25頁
⇒被害回復99頁
決定PDF 東京高等裁判所平成22年12月7日決定
⇒金融法務事情1913号101頁
⇒判例タイムズ1339号209頁
(東京高等裁判所平成22年9月29日判決ほか) 2.ソフトバンクモバイルの調査嘱託に対する回答拒否事件
(東京地方裁判所平成24年5月22日判決,東京高等裁判所平成24年10月24日判決) 3.保険証券番号不特定執行
(東京高等裁判所平成22年9月8日決定) 4.仮装離婚と財産分与の虚偽表示による無効・債権者代位による不動産移転登記抹消登記手続請求
(東京地方裁判所平成25年9月2日判決,東京高等裁判所平成26年3月18日判決) 詐欺的業者の首謀者が妻との離婚を仮装して財産分与をした事案について,離婚及び財産分与は通謀虚偽表示により無効であるとして債権者代位により居宅不動産の所有権移転登記抹消登記手続請求を認容した事例 5.預金にかかる第三者異議訴訟
(東京高等裁判所令和元年11月20日判決,東京地方裁判所令和元年6月26日判決)第三者異議訴訟において預金が名義人に帰属すると判断された事例 6.判決確定後の被告の住所判明と更正決定
(東京地方裁判所令和元年11月28日決定)判決確定後に被告の住所が判明した場合にこれを併記した更正決定例 7.訴えの提起における当事者の特定・住所地の記載されていない債務名義の強制執行の方法等
(東京高等裁判所平成21年12月25日判決ほか) 8.詐欺商法業者の代理人弁護士の預かり金に対する強制執行を認めた事例
(東京地判平成29年7月25日,東京高判平成30年2月21日) 9.金融商品取引業者と取引履歴の開示
(東京地方裁判所平成20年9月12日決定ほか) 10.詐欺的取引と裁判管轄(移送の可否)
(東京高等裁判所平成23年6月1日決定) 11.支店不特定執行
(東京高等裁判所平成23年3月30日決定ほか) 12.支店不特定執行(2)
(東京高等裁判所平成26年6月3日決定) 13.預金債権の時間的包括的執行
(奈良地方裁判所平成21年3月5日決定) 14.詐害行為取消訴訟
(山形地方裁判所平成19年3月9日判決)