FX取引(外国為替証拠金取引)の概括

1 「悪質商法」としての生起
 「外国為替証拠金取引」(最近では「FX取引」といえば同取引を意味する。)とは,外国為替取引にレバレッジを掛けて証拠金取引としたものである。商品先物取引における貴金属や農作物という「モノ」が外国通貨であるというもので,法律的性質は,(金融)先物取引であり,FX取引が発生する以前から存在していた通貨先物取引から金利差の精算として生じる「スワップポイント」を「外付け」したものであるということができる。この「スワップポイント」は,取引に高いレバレッジを掛けることによって,為替変動に関係なく設定することができるから,あたかも,年率数10パーセントもの「利息」が付くかのような誤解を生じさせて行う詐欺的勧誘が横行し,平成13年ころから業者が急増し,平成17年ころには,300社程度もの業者が無登録で営業を行うに至った。

 無登録で営業を行っていたFX取引業者は,その圧倒的多数が,国内公設の商品先物取引業者の役員や従業員であった者らによって構成され,おびただしい数の凄惨な被害を生んだ。そのほとんどが電話勧誘により,「高い利息をもらえる」という詐欺的勧誘を端緒とするものであり,一般の為替レートと10円も異なるレートで取引が成立したことにされていたり,取引の終了を申し出た後に架空の取引が作出されて証拠金の返還が拒絶されるという事例もあった。
 このような違法行為の発生は,同取引を行う者の出自及びFX取引の仕組みに起因していた。FX取引は,業者と顧客が,現実に売買をするわけでもない外国通貨の価格(為替)変動等によって生じる計算上の差損益を授受する契約を締結するものであり,業者の利益は顧客の損失の上にしか成り立たないという業者と顧客との間の利害相反状況下で行われていたから,長期的な業者・業界の信用に配意する姿勢を持たず,いわゆる「客殺し商法」を行うことに抵抗が少なかった商品取引外務員であった者らは,半ば必然的に,顧客から受け取った金をいかにして返金せずに済むかというところにのみ心血を注ぐことになったのである。

 なお,いわゆる「外国為替証拠金取引」が平成10年の外為法の改正により自由化されたなどといわれることがあるが,このような理解は誤りである。為銀主義の放棄は為替取引を自由化するものではあるものの,為替変動を差金決済指標とする賭博行為を許容するものではない(東京青果市場のイチゴの値段に100倍のレバレッジを掛けて「イチゴ証拠金取引」を創出することは許されないし,温室効果ガスの排出権の相対市場における価格に任意のレバレッジを掛けて「環境証拠金取引」を作って一般消費者に行わせることが許容されるものではないのと同じことである。)。法令による違法性阻却のない私的差金決済契約は,賭博(賭博罪,常習賭博罪,賭博場開帳等図利罪,金融商品取引における刑の加重規定としての相場による賭博行為等の禁止違反)であって,それ自体違法である(大審院大正12年11月27日判決,同昭和11年4月2日判決)。法令の根拠を欠いて行われていた外国為替証拠金取引については,裁判例に混乱が見られた時期があったものの,現在では,取引の仕組自体を公序良俗に反するとするのが裁判例の大勢である(東京地裁平成17年11月11日判決判例時報1956号105頁,東京高等裁判所平成18年9月21日判決金融・商事判例1254号35頁)。

2 法律改正による取引の適法化と新たな問題の発生
 平成17年7月1日に金融先物取引法改正法が施行され,同年末から翌平成18年初めころにかけて業者が破綻し,「取引」で損失を出していないにもかかわらず証拠金が返還されないという事態が相次いだ。破産宣告を受けた業者は,そのほとんどが,顧客からの預かり証拠金を自社の財産と区別せず,経費や主要構成員の利得に転化させていたことが明らかになっている。FX取引商法を行う詐欺業者は,そのほとんどが,顧客の預かり金を違法に流用しつつ消滅の時機を窺っていたものと考えられる。このような業者の構成員らの一部は,現在,「ロコ・ロンドン貴金属取引」なる私的差金決済取引を勝手に作り出して新たな被害を生じさせており,今後も様々な詐欺的金融商品まがい取引を創出していくことが懸念されている。

 現在は,金融庁の登録を受けた業者が,法律により整備された取引として取引を行っており,取引も外務員による対面取引からインターネット取引に主たる舞台が移り,悪質な詐欺的被害は法改正前に比べると格段に減少している。取引所取引の画一さから免れ,様々な取引条件を選択できることも一般投資家の支持を得る一因となり,取引参加者および証拠金預り高も飛躍的に増加している。しかし,インターネット取引においても,証拠金は分別管理されていると明示されていたにもかかわらず実際には業者の倒産に耐えうるような分別管理がされていなかったことが明らかになった事例や,ロスカット・ルール(一定程度以上の損失を生じさせないために一定の割合で証拠金が毀損された時に自動的に決済される仕組み)が適切に発動されずに不測の損失が生じた事例,指示通りに取引をすれば確実に利益を得ることができるなどという「ネット商材」業者による集客によってリスク認識を欠いたまま取引を開始して不測の損害を被った事例など,新たな被害類型も見られるようになってきている。また,平成19年9月30日から,取引所においてされるFX取引について,先物会社やその関連会社などが電話勧誘をすることができるようになり,詐欺的勧誘による被害の再燃も極めて強く危惧される(現在は被害事例が寄せられているわけではないが,くりっく365の勧誘に口実を付けて面接し,商品先物取引に誘導するなどする例が生じると危惧される。かつて商品取引員が行っていた相対FX取引は,商品取引勧誘の端緒として多用されていた。)。

3 勧誘方法の問題点
 店頭金融先物取引として行われるFX取引については,金融商品取引法下においても不招請勧誘が禁止されているから,顧客の誘因は一般的な広告によることになる。FX取引がインターネット取引で行われることが多いことから,インターネット上のバナー広告が多用される傾向にある。バナー広告を収益源とする「アフィリエイト」を副業収入にしようとする者らに広告が委託されることもあるようであるが,「勝率100パーセント」であるという虚偽記載をした「情報商材」を流布し,顧客誘引を行おうとする者の存在が問題となっている。このような広告が違法であることは明らかであり,これを集客の手段として利用する取引業者は,そのような広告の実際を知りながら放置していた場合など,関与の態様によってはその責任を問われることになると考えられる。

 対面取引を行う業者も未だ存続しているが,営業員の給与を支払ってなお正常な利益(予め顧客が容認するスプレッドの差を含む広義の手数料による収益)を生ずることは困難であると考えられ,取扱業者の中には,各取引ごとにスプレッド(売買の価格提示の差)を任意に拡大して(売買双方の提示を求める顧客は少ないから,特に成行注文を得た場合には顧客との約定をその都度顧客の不利益にして)利益を生ずるような方法を採る場合が少なからずあるようである。このような商法が長続きするとは思われないが,「まじめな金融商品取引を長期間にわたって顧客・市場を育成しながら取扱っていく」という姿勢にそもそも欠ける業者が無視し得ない程度に多いという現状にある。

4 分別管理体制の不十分さ,カバー取引のリスク
 近時問題が発現したのは,分別管理の不十分さである。有価証券関連デリバティブ取引については,金融商品取引法第43条の2第2項及び金融商品取引業等に関する内閣府令(金商業等府令)第141条第1項により顧客を元本の受益者とする「顧客分別金信託契約」が義務付けられているが,その他のデリバティブ取引(つまり金融先物取引)は,同法第43条の3第1項及び金商業等府令第143条第1項により,信託銀行等への金銭の信託以外に,銀行等への預金又は貯金,カバー取引相手方への預託,媒介等相手方への預託が認められている。これは,金融先物取引法改正法成立時における業者の規模に照らし,FX取引の存続を認める以上は,信託以外の方法を認めないというわけにはいかなかったからであろうと思われる。インターネットによる情報取得及び比較が容易になっていることもあり,信託保全の手法を採用する業者も多くなってきているが,カバー取引相手方への預託や媒介等相手方への預託の場合は相手方等(海外のブローカー等)における自社の口座残高を定期的に確認することが義務付けられているのみであり(金商業等府令第143条第2項),小規模業者の中には,今なお信託を採用しないものも多い。

 店頭為替証拠金取引であるFX取引は相対取引で行われ,カバー取引は業者が任意にその計算で行う取引である。それが事実上顧客の取引と関連していたとしても,業者の計算でされる取引であることに変わりはない。そうした取引に顧客の預り証拠金が用いられかねない状態に置かれれば,カバー取引を含む自己取引による損失によって,顧客の預り資産が不当に消失させられる危険性が高い。カバー取引が顧客の取引と完全に対応している(業者の価格提示・取引執行システムがカバー先の提示価格・取引執行システムとスプレッドを除いて完全に同一であって,カバー取引による業者の損益と業者と顧客の相対取引における顧客の差損益が上記スプレッドを除いて全く同一になる)のであればともかく,そうでなければ,カバー取引に顧客の預り証拠金を用いることは預り証拠金の適切な管理であるとは到底言い難く,業者の分別管理義務に違反する。近時,エフエックス札幌やアルファエフエックスが破綻したのは,このような原因に基づくものであるようであり,早期に法令改正がなされる必要があるとの問題意識が高まっている。このような問題意識を受けて金融庁は,平成20年2月6日付で金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針改正案を公表しているが,カバー取引が金商業等府令第94条第1項により,業者が顧客との取引によって生じうる損失の減少を目的としてする顧客取引と金融指標及び売買の別が同一の取引として抽象的に定義され,監督指針改正案もカバー取引が業者の裁量によって行われるものであることを前提にしているところからすれば,監督指針改正案によっても,カバー取引を含む自己取引の結果によって顧客の預かり金が毀損される危険性は解消され得ないものと考えられる。また,分別管理を公言する業者であっても,その詳細はなかなか一般消費者からは見えにくいから,証拠金の一部のみを信託管理して,これを誇大に宣伝している業者もないとは断じられない。さらに,信託も,取引のレバレッジを考えると日次で更新されてなお証拠金の大きな欠損を防止し得ないものと考えられる。

 分別管理については,カバー先とする海外業者の分別管理体制にも配意する必要がある。平成17年10月に破綻(米国連邦倒産法11章(チャプターイレブン)の申請)した米レフコグループは,当時世界第4位の独立系証券先物グループであったが,FX取引について分別管理をしている旨告げて我が国でIB(媒介業者)を募っていたにもかかわらず,倒産手続に耐えられる分別管理はなされていなかった(結局証拠金の全額返還はなされなかった。)。
 カバー取引は,取扱業者に帰属する自己取引である。近時,いわゆるサブプライムローン問題に関連して為替相場が大きく動くことがしばしばあったが,わずか2パーセント程度の為替変動であっても(為替変動としては大きいが)カバー先の取引が停止されてしまい,国内業者がロスカットを適切に行うのに重大な支障が生じたという事例が複数あるようである。海外業者に全ての取引を「カバー」していてなお,顧客の預かり金を欠損させる事態が生じる可能性がある。カバー取引先のシステムリスクは,基本的に取扱業者が負担するべき性質のものであるが,これを顧客に転嫁しようとする業者があり,取引・業界の信用は大きく低下している。

5 高リスク商品の安易な導入への疑問
 FX取引は,「投資」ではない。FX取引は,投機である。「サキモノ」である。しかも,そのリスクは,決して「為替変動リスク」にとどまらない。FX取引が一般投資家に向けて紹介される我が国の現状には,投資に未成熟な故に「貯蓄から投資へ」という言葉をはき違えている滑稽さが感じられる。「相場師」を自負する者以外がするべき取引ではない。主婦と「相場師」,会社員と「相場師」は,両立するものでない。
 FX取引は,現在は国民に相当程度に浸透しつつある。しかし,投機取引が長期間継続して行われることはまれであるということは,FX取引にも当然に妥当する。銀行や保険会社は,現在では国民の間で一応「安定」や「安心」の代名詞であり,これが,銀行取引や保険取引への安心感に繋がっている。各金融機関が取扱う金融商品が多様化し,そのリスクも多様化する傾向にあり,このこと自体は否定的に捉えられるべきものではないだろうが,各金融機関が主として取扱っている金融商品とあまりに異なったリスクのある金融商品を取り扱い,多くの顧客に不測の損失を生じさせることになれば,「安心感」という大きな財産を失うことになる可能性があることには慎重に想到される必要があると考える。

外国為替証拠金取引(FX取引)
外国為替証拠金取引(FX取引)の事件処理