先物取引被害全国研究会の事務局長の任期を終えるに当たって,何か一般の方々にも言っておきたいと考え,平成21年3月26日付朝日新聞「私の視点 ワイド」に掲載してもらったものです。小さくない反響を呼び,大学の入試問題にも採用されました。是非みなさまにもご一読いただきたく。そして,そうだよな,投資なんかしなくて良いよな,と思っていただければ幸いです。
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世界規模の金融恐慌,証券市場に対する相次ぐ背信行為,無差別に電話勧誘を繰り返す未公開株商法などの詐欺商法。投資をめぐる環境は混迷を増すばかりである。一方で「貯蓄から投資へ」が,正しい経済生活のありようであるかのように喧伝されている。知らず知らずのうちに,投資をしなければいけないという強迫観念を植え付けられ,何もしないことに不安感を抱かせられる。
しかし,本当に,投資をすることは必要なのか。
私は約500人の弁護士で構成する先物取引被害全国研究会の事務局長として,全国的な被害動向を見てきた。また金融商品取引被害を専門的に扱う法律事務所に所属し,年間数十件にのぼる事案を担当している。さまざまな投資と投資まがい取引によって半生の結晶である貴重な財産が一瞬にして失われるのを見るのは,本当にやりきれない。このような被害を招くのは,本来否定すべきものではない「人のよさ」をひとまずおくと,やはり「投資をしなければいけない」という巧みに醸し出された不安感なのだと感じる。
週刊誌などでは,新奇な金融商品が無責任な紹介者によって繰り返し,まるで格好よいものであるように広告されている。しかし,絶え間なく変化する経済情勢に目を光らせ,日中は市場の動きを注視するべく上司の指示も聞き漏らすほどパソコン上のチャートに見入り,お花見に行っても二次会が盛り上がるころにはニューヨーク市場が開くので,早々に帰るか,そうでなければ宴席で携帯電話をピコピコと操作する。こういう生活が豊かであるとは言えないだろう。最近では中学生に株式投資教育がされるというが,中学生は愛と夢を語り,学べばよい。
投資をしないと老後の生活が破綻するとか,何もしないとかえってリスクが生じるなどと,当然の前提のように言われている。消費者教育としての投資教育でさえ「賢く投資をしよう」という正しくない方向へ誤導される傾向がある。そのような中で,団塊の世代は老後の生活設計をしていかなければならない時期にさしかかっている。さまざまな不安はあるだろうが,「投資をしなければならない」という考えを無批判に生活設計に取り入れるのは誤りだ。投資をしない方が健全で安全だし,多くの場合経済的にも有利である。
現在は超低金利時代だといわれるが,インフレ率も低い。株価や物価と比較しないで,預貯金の目減りだけを強調するのは間違いだ。全面株安時には普通預金でさえ相対的に高利の運用だし,バブル前後を通じても結局,貯金しておいた方が割がよかったという計算になるだろう。「お金に働いてもらう」という言葉は,希望ではあっても実態を示すものではない。お金はせっせと働くために手足を生やしたりはせず,大抵の場合,羽を生やして飛んで行く。
「少しでも良い投資をしたい」という考えが頭のどこかにあると,詐欺的被害への抵抗力を失ってしまう傾向が強くなる。精神が機敏である時はよいが,高齢になり,判断能力が衰えた時に財産を守ってくれるのは結局,「私はそういうのはやらない」という「スタンス」だ。我が国の投資環境を前提にする限り,「貯蓄から投資へ」というスローガンは,高齢化社会の安全にとって間違いなく有害だと断じることができる。
誰も声を大にして言わないので,私が言おう。
「投資なんか,しなくていい」
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