高齢者の金融商品取引被害

1 高齢者の詐欺商法被害・金融商品取引被害の実情

 高齢者が被害者となる投資詐欺商法被害・金融商品取引被害は極めて多い現状にあり,いわゆる劇場型の詐欺商法(振り込め詐欺に類するもの)はもちろん,ハイリスクあるいは不健全な取引で高齢者が行うべきではない先物取引,CO2排出権取引,貴金属現物分割払取引などや,リスクが高いのに見えにくくなっているノックイン型投資信託など広範囲に,かつ多く見られます。このことは,高齢者が真に受容する意思のないリスクを負わされているところに被害の原因があ るものと見させるに十分です。高齢者の投資詐欺被害・金融商品取引被害は,被害金額が高額であるという特徴も指摘することができ,このこともまた,真のリスクを認識しないままに「投資」をさせられていることの顕れであるといえるでしょう。

 投資詐欺商法被害問題は,消費者問題として語られることが多いものですが,高齢者問題としての色合いも強いものであると認識されるべきものです。
 低金利であるということや年金不安があることなどがことさらに強調され,老後の金銭的不安がむやみに助長されており,貯蓄から投資へという決して手放しで肯定できるものではない風潮もあって,投資への知識なくもなく投資と詐欺商法の区別が付かずにお金を出してしまう人が多くなっています。また,決して,投資としてお金を出すわけではなく,特別にパンフレットが来ているから代わりに買って欲しいなどと言われてお金を出してしまう,いわば,無知だけど優しい人も被害者には多く見られます。

2 高齢者の投資詐欺商法被害・金融商品取引被害の特徴

 高齢者が遭う投資詐欺商法被害は,通常の投資詐欺商法被害と基本的には変わるところはありません。もっとも,詐欺商法を行う業者が架ける無差別の攻撃的電話勧誘は,平日の日中に固定電話に出ることができることが多い高齢者を狙ってされるものであることが多く,中には,独居高齢者を集中的に狙うため,電話で世間話をし,「一人暮らしであるかどうか」を電話により確認し,一人暮らしであることが分かれば直ちに押しかけて,その日のうちに郵便局や銀行に連れ回して金を交付させるという被害事案も希ではありません。高齢者は老後の生活資金などを貯蓄していることが通常ですから,詐欺商法にあったときの被害額は高額になる傾向があります。年金収入がある,ローンの付いていない居住用不動産を所有していることが多いなど,詐欺商法業者に狙われやすい要素は多くあります。

 また,核家族化により高齢者のみの世帯や独居高齢者も多く,加害行為を行うにあたって親族等に秘密裏に行うことが画策されやすい状況にもあります。さらに,高齢者は,相対的には判断能力の衰えがあるし,人恋しさがあったり,そうでなくても,面と向かって話しかけている第三者に対して毅然と意思を伝えられないこともやむを得ないことです。

 高齢者は特に,一度被害にあった後に再度被害に遭う(2次被害)ことが多いという傾向があります。一旦お金を出してしまうと,特に高齢者は収入を得てこれを補完する(財産の再形成をする)術がある人は少ないことから,老後の生活設計が完全に破綻してしまい,失った金銭を取り戻さなければならないという強迫観念が不可避的に生じ,被害回復仮装型(多重詐欺)と呼ばれる2次被害,3次被害に極めて容易に遭いやすくなるのです。同じ業者が名前を変えて何度も何度も騙しにかかってくることもあれば,別の詐欺商法業者のターゲットになることもあります。投資詐欺商法被害に遭った方の名簿が相当数出回っているのも,そのような被害者の心理状態を詐欺商法業者が知悉しているためです。このような高齢者の置かれている状況,心理状態を正解しなければ,その時点で,詐欺商法との戦いに健全な国民が負けているという悲しむべき状況に陥ってしまいます。親族が被害に遭ったときに,これを正解せずにただただ厳しく叱りつけるなどするばかりでは,二度と相談をしたくないという気持ちにさせてしまい,現実にさらされている2次被害の危険を,一層増大させることにもなりかねません。




COLUMN 銀行よ,おまえもか ?銀行の経営難と銀証分離の悪影響?

 地方銀行に老後資金を保有していた80歳の独居高齢者に対して,地方銀行から紹介された証券子会社の従業員が,いわゆる日経平均リンク債を投資対象とするノックイン型投資信託を勧誘し,老後資金の大部分である7000万円を集中投資させて約3000万円の損害を被らせたという事件があった。被害者は投資勧誘を受ける1か月前に脳梗塞を発症しており,さらに,投資勧誘を受けた日の夜に脳梗塞を発症している。80才の高齢者にそもそもこのような取引の勧誘を行うこと自体がすでにおかしい。証券会社は説明を尽くしたというが,高齢者を昏睡状態に陥れるまでに疲労させたとすれば,そのような「説明」自体が高齢者の心身に対する攻撃でもあるともいえる。この事件では,投資信託の注文日時が被害者が病院に入院した後の日時になっており,証券会社の従業員による無断売買であることも疑われた。

 「ノックイン型投資信託」は,対象となる資産の価格が一定の範囲を超えて下落しなければ,一定の利回りが支払われるといった条件が定められた債券(仕組債)を投資対象とする投資信託である。一定の範囲を超えて下落した場合(ノックイン),その下落分がそのまま損失になるというリスクがある。本件では,日経平均株価が期間中に一定以上に下がらないという条件で,元本と分配金が保証されるが,ノックイン価格を下回ると,それ以後は償還額が株価に連動する。極めてリスクが大きい商品だが,一般消費者が「ノックイン型投資信託」のリスクを正確に理解することがないまま,投資に至るケースが相当数見られる。

 銀行,特に地方銀行は,給料等の振り込み,住宅ローンの貸付から生活資金の管理まで面倒を見る存在として,地域の人々の財産の全てを把握し,それを守る役割を期待されてきたし,高齢者の中では,今なお,銀行は「安全・安心」の代名詞である。しかし,銀行等の経営の厳しさに起因する広義のモラルの低下によるものと思われるが,銀行が自ら,あるいは関連会社を通じて高齢者にハイリスク商品を勧誘するという事態が頻発している。銀行はもはや「安全・安心」の代名詞ではなく,一般人の財産の防衛者ではない。本件は,その象徴的な事案である。

3 高齢者の投資詐欺商法被害・金融商品取引被害の被害回復手続上の問題点

 高齢者が遭う被害においても,弁護士が行う被害救済手続は通常の被害と基本的には変わるところはありません。個別の被害回復手続を採るにあたっては,必ずしも,難解な,あるいは難解に見える金融商品(まがいの投資取引)の内容に立ち入りすぎる必要性があるとは思いません。ただ,高齢者等被害においては,取引適格,説明義務との関係で,資産・収入・投資経験,認知レベルから違法性を基礎付けるため,当該取引の危険性や難解性は適切に理解し,指摘できるようにしておく必要があります。特に,直ちに詐欺商法であると見ることの困難な金融商品取引被害においては,こういう危険性と難解性がある取引は,こういう財産,収入,投資経験,認知レベルの人には適合しない,というのが主張の基本となります。

 高齢者は記憶が減退していることがままあり,また,記憶の混乱がみられたり,記憶を表現・叙述する能力に欠けるきらいがあることも多くあります。法律相談や事情聴取においては,被害にあった状況を丁寧に聴取する必要があるのはもちろんですが,本人の供述に頼るのみでは事案を正確に把握することは著しく困難ですから,関係資料を被害者の供述を離れて精査することも不可欠です。そして,関係資料の精査にあたっては,資料の散逸も相当程度にみられることに配意する必要があります。自身の生活に関係がないと考えるなどして廃棄してしまったり,業者から言われるままに回収されたり,鍋敷きその他の日常生活品に加工したりしている例も少なくありません。弁護士としては,多くの類似事案にあたって,当該類型の事案においてはどのような資料が存在するべきであるかを正しく理解し,何が散逸しているか,その重要性,要証事実を代替的証拠等から明らかにできるかなどを判断する必要があります。関係資料が散逸している場合で被害回復手続を行うに際して最も困難が感じられるのは,被害金額そのものが判明しないときです。高齢者が遭う投資詐欺商法被害事案においては,巨額の金員を手渡しで交付させる例も多く,弁護士が銀行通帳の履歴を精査しても被害金額が判然としないことがままあります。このような場合には,被害者の出入金の状況と,当該金融商品の性格,ほかの類似事案における取引条件等を総合して慎重に裏付けを進めていく必要があります。加害業者に取引の履歴を明らかにさせるのが最も簡便ですが,これにすら応じない業者も少なからず存在します。商法及び業者の性質によっては,最終的な被害金額を確定しないで訴えを提起したり,取引履歴の開示自体を訴訟上の請求の対象としたり(東京地決平成20年9月12日証券取引被害判例セレクト32巻154頁),様々な工夫を要します。どの商法,どの業者にどの手続を行うべきかは,事案をめぐる全状況を総合的に考慮して,最終的には弁護士の経験に基づく直感とでもいうべき判断によって選択するほかはありません。

 親族の助力がある場合には法律相談にたどり着くことや,依頼を受けた後の意思の連絡等もスムーズになりますが,被害者本人と考え方に相違があったり,ときには利害関係の対立があることもあります。親族らに被害を打ち明けることを躊躇する高齢者も少なくありません。しかし,やはり高齢者には近しい者の助力が不可欠であり,可能な限り親族その他に打ち明けることを説得するべきでしょう。被害回復を得てもまた同種の被害に遭ってしまう被害者も少なくなく,そのようなことが続くと弁護士として徒労感を感じることさえあります。高齢者であって判断能力を低下させているとは言っても,やはりその自尊心・価値観は尊重するべきであり,このことは当たり前のことですが,自身の置かれている状況について折に触れて根気強く説明を尽くすべきでしょうし,場合によっては社会福 祉協議会その他の機関の助力を要請することを検討するべき場合もあります。

 他人に対する依存的傾向を強めている高齢者に対する加害行為であることを自覚している業者は,「はしごをはずす」(代理人弁護士の代理権限を失わせる)という暴挙に出ることもあります。判決予定期日の2日前に入院中の高齢者に押しかけて訴え取下げ届けなどを徴求するという著しく悪質な事案もありました(東京地判平成17年2月24日先物取引裁判例集40巻113頁)。このような暴挙に対しては,しかるべき厳正な対応をする必要があります。 




COLUMN 「投資」か「詐欺」か ?凄惨な被害の実情?

 「弁護士荒井哲朗を解任する」。平成17年1月下旬の朝,事務所に送信されてきたFAXを見て,慄然とした。FAXには次の日に判決の言渡しが予定されている投資被害事件の依頼者の署名があった。同じころ,裁判所には訴え取下書が提出されていた。

 彼女は上場企業の役員の妻女である。資金的余裕もあり,若いころから株式投資やマンション経営などいろいろな投資をしていた。80才になるころ,海外通貨先物オプション取引の勧誘があった。金融先物取引業の許可を得ている業者だったし,学生時代にサッカーで活躍したことを話す若い外務員の熱心さに好感を持った。ドル相場さえ見ていればそんなに大きなリスクはないという。彼女は勧誘に応じることにした。わずか6か月で全財産を預託し,最後に訪問してきた男から「これだけしか残らなかった」と言って2万9250円を渡されたとき,彼女には何が起こったのか分からなかった。

 1年強の訴訟を経て,業者の違法行為が明らかにされていった。これに危機感を強めた業者は,入院中の彼女に押しかけて弁護士を解任し,訴えを取下げさせるという暴挙に出た。訴えの取下げは軽々しく無効にすることはできない訴訟行為だから,法律が形式的に適用されればどうしようもない。私は,予定をキャンセルして即日入院中の彼女に会いに行った。うつろな表情をして,「助けて下さい」と小さな声で繰り返す。形容しがたい悲しみに囚われた。老いは,その負の部分に乗じる者らの存在によって尊厳を奪われるのだと思った。
 裁判所は,訴え取下書の効力を認めることは「著しく正義に反する」として訴え取下げの効果を認めず,損害賠償請求を認容した。裁判所は温かい法秩序の番人である。この判決は駆け出しの弁護士であった私にそう感じさせた。

4 高齢者の投資詐欺被害等に向かう弁護士としてのあるべき心構え

 一般的に投資的投機的取引被害事案においては,過失相殺の問題は避けて通ることができませんが,老いも病も,断じて過失などであろうはずがありません。特に高齢者は,「優しくされる」,「しつこくされる」,「甘い話をされる」ことに弱いことがあるものです。「他人に対する抵抗可能性」を低下させているとしか思えない事案も多く見られます。このような事案で過失相殺を云々することには,強い違和感を禁じ得ません。
 国(を構成する我が国国民)は,高齢者に対し,社会福祉制度その他の適切な処遇を構築し,その平安で幸福な余生を確保しようとしています。そのような中で高齢者から老後の生活資金を騙取する行為は,健全で善良な一般市民の社会通念に照らし,到底許容されうるものではありません。高齢者が詐欺的「取引」によって奪われる金銭は,長年にわたって積み上げてきた半生の集大成であり,今後衰えていく心身とともに生きていくために消費されていくべき大切な財産です。詐欺商法業者ら違法行為を業とする者達が得る決して清潔とはいい難い所得や,そのような者らの家族のつつましくもなかろう生活の費とはその重みがあまりにも違うのです。
 理解の能力や判断の能力などを低下させるとしても,老いは,それ自体は何ら不幸な事柄でもありません。その負の部分に乗じる者らの存在によって尊厳を奪われるのです。高齢者を狙う詐欺商法は,高齢者の金銭を奪ってその生活の平穏を破壊するのみでなく,人を信じるという善性にもいびつな変容を強いるものです。高齢者を対象とする詐欺商法がもたらす社会的害悪は,著しく大きいというほかありません。
 この種問題に取り組む弁護士には,このことに対する正しい理解が不可欠だと思います。

5 高齢者の投資詐欺被害等からの防衛・予防策

 加齢と共に判断能力等が衰えることは,人間の生理的現象です。しかし,これに乗じて詐欺的勧誘を行う者が多数あり,現に高齢者の詐欺商法被害が急増している状況に鑑みれば,高齢者の財産を守るためには,事前に予防策を講じておくに越したことはありません。

 まず,高齢者本人に一定の注意喚起をすることは,大切なことでしょう。そのような取り組みは様々に行われており,一定の評価をすることができます。高齢者自身,親族,地域社会が一体となって防ごうとする努力を怠るべきではありません。他方で,詐欺商法が瞬発力を持って行われるということ,高齢者の「判断」に委ねる部分のある施策だけは十分ではないということを正解する必要があります。例えば真っ当な投資なのか投資詐欺なのか,親族に相談すべきかどうか,といった「判断」を高齢者自身に委ねること自体に限界・危うさがあることは否めないのです。高齢者が自信で適切に「判断」しようとしてはいけない,それはできない,と思った方がいいでしょう。例えば,電話の会話の中でお金の話が出てきたら,自分では判断しない。そういった,条件反射的な「習慣づけ」が大切だと思います。

 投資詐欺の入り口である電話の対策として,個人でできる一番の方法は電話番号を変えることです。多くの投資詐欺業者は名簿から電話をかけてくるので,番号を変えてしまえば被害の端緒となる電話はほとんど架かってこない状態にすることができます。また,いつも留守電にしておいて知っている人からだけ電話をとる方法も有効でしょう。
 先にも書きましたが,電話の会話のなかで,お金の話がでたら絶対に電話を切るという習慣づけをするのも効果があります。自分で「判断」しようとしてはいけません。そんなことはできないと思った方がいいのです。重ねて言いますが,条件反射的な「習慣づけ」が大切です。

 親族らは,電話のみでなく,高齢者方を訪問してみる必要があります。集中的に加害行為にさらされるので,不審なパンフレットが大量に送付されていたり,不審な電話が頻繁にかかってきたりして,数時間もいればその高齢者が置かれている状況は分かるものです。大量の加害行為が確認された場合には,多重詐欺が横行している現状からすれば,一度は被害に遭っている可能性が高いと推測されます。電話番号を変えるほか,法的にその高齢者の財産を守る方法,広い意味での成年後見制度の利用などを積極的に検討するべきです。高齢者の経済生活を無用に窮屈にすることなく財産を守る方法を検討しない理由は何もありません。また,後見等開始の審判の登記が完了するまでの間に何らかの財産的被害や浪費行為などがあると懸念される状況にある場合には,申立等を急ぐと共に,審判・登記の前にも事実上本人の財産を保護するための手当 をしておくことも望まれます。被害が判明した場合,上記のような高齢者の置かれている状態,心理状態を正解せずにただただ厳しく叱りつけるなどするばかりでは,二度と相談をしたくないという気持ちにさせてしまい,現実にさらされている2次被害の危険を,一層増大させることにもなりかねませんから,感銘力を 持ったアドバイスをすることは必要でしょうけれども,信頼関係を断絶させるようなことにならないように配意するべきです。

 社会的な対策としては,詐欺グループが使っているツールを簡単に入手できないようにすることも重要でしょう。携帯電話や銀行口座など名義人の管理と,悪用されたと分かったときの凍結や速やかな情報開示が不可欠です。この種詐欺商法から高齢者の財産を守り,奪われた財産を取り戻すことが必要だということは国民の総意でしょうから,行政や企業にも問題意識を強く持ってもらいたいものです。電話での投資勧誘を法律で禁止するという方法も極めて有効でしょう。例えば,先物取引の一部は,詐欺的勧誘による被害が増大したため,電話勧誘を原則として禁止するという規制が設けられています。このように,電話による投資の勧誘そのものを禁止してしまえば,高齢者に対しても,電話による投資勧誘があったときには違法だから断るべきだ,と明確な警告を発することができ,被害抑止に極めて効果が高いと思われ,また,加害行為自体も減るでしょう。投資詐欺商法による高齢者の生活が著しく脅かされているという現状,これに対する有効な抜本的解決策がないという現在においては,この制度は維持されるべきですし,より積極的に導入分野を拡大するべきだと考えています。