債権回収・強制執行には,独特の交渉力・情報収集・探知のノウハウ,手続選択の感覚的ノウハウ,これらを基礎付ける知識経験を要します。
当法律事務所は,詐欺商法業者からの債権回収のノウハウを転用して,売掛金や貸金・養育費など各種の債権回収・強制執行手続の委任を積極的に受けています。財産の隠匿を業として行う詐欺商法業者からの債権回収は最も困難であるといっても過言ではなく,そこで蓄積してきたノウハウは,他の債権回収案件においても極めて有用なものです。これら債権回収案件の委任を積極的に受ける背景には,財産の移転・帰属秩序は,法秩序の大きな位地を占めるものであるのに,現実にはなかなか正当な債権回収ができていない実情があることに対する危機意識があります。
当事務所所属の弁護士は,債権回収について,弁護士会での講演や弁護士向けの執筆も多数行っています。弁護士にしか用いることのできない特殊な情報収集制度である弁護士法23条の2に基づく照会請求(弁護士会照会)についても,法律実務家の間で大きな注目を集めた事件を担当するなどしています。情報の収集・探知を織り込んで行う債権回収手続は,それをせずにしてするのと結果においてときに決定的な相違を生じます。
債権回収・強制執行に関する,当事務所所属の弁護士の弁護士や金融機関の担当者を対象とした近年の主な執筆には,以下のようなものがあります。
・平成26年「弁護士専門研修講座・債権回収の知識と実務」「消費者事件における債権回収」(ぎょうせい)東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編
・「背信的な債務者への対抗策」銀行法務21・771号
・「預金債権の差押えと取扱支店の特定をめぐる新たな展開?全店順位付け方式を許容した差押命令の発令例について」平成22年12月15日発行現代消費者法9号
・「都市銀行の預金債権について全支店を支店番号で順位付をして「特定」した差押命令を発令した決定(静岡地裁下田支部平成22年8月26日決定),生命保険の解約返戻金等について保険証券番号ではなく契約日順で「特定」した申立てを却下した原決定を取り消して差押命令を発令した決定(東京高裁平成22年9月8日決定)」平成22年11月号日弁連消費者問題ニュース
・「民事訴訟制度の実効性の回復に向けた試み-差押債権の特定と23条照会の関係等-」平成23年3月号日弁連消費者問題ニュース
・「流動性預金の時間的包括的差押えについて」消費者法ニュース80号
・「消費者取引と法-津谷裕貴弁護士追悼論文集-」「民事執行手続の実効性確保に向けたいくつかの試み」民事法研究会
・座談会「弁護士会照会の現状と今後の課題について」自由と正義62号
・平成23年「日本弁護士連合会編「日弁連研修叢書 現代法律実務の諸問題」「執行における工夫と課題」第一法規
・「過払金返還請求・全論点網羅2013」「債権執行関係」民事法研究会
・「悪質詐欺商法被害事案における加害業者らの探知と現実の被害回復の実現に向けた実務の現状と課題」現代消費者法19号
・「悪質詐欺商法の関係者らに対する責任追及」現代消費者法22号
ほか
また,債権回収・強制執行に関する,当事務所所属の弁護士による,弁護士向けの主な講義・講演には,以下のようなものがあります。
・平成27年2月19日日本弁護士連合会ライブ実務研修で「あきらめない債権回収」と題する講演
・平成26年8月30日近畿弁護士連合会消費者保護委員会夏期研修「詐欺師から金を取り戻せ!?消費者被害救済の実効性確保?」で「実務上の手続を通じてした,債権執行の実効性確保,弁護士会照会・調査嘱託の実効性確保のための試みの紹介など -金銭債権の実現のための手続のより適正な運用に向けて-」と題して講演
・平成26年5月8日東京弁護士会春季弁護士研修講座で債権回収について講義(クレオ・ネット研修教材)
・平成25年6月26日法曹親和会初夏研修「判決を紙切れにしないために-実務にすぐに役立つ執行のノウハウ-」講義
・平成24年2月20日東京弁護士会新規登録弁護士向け基礎講座「債権回収の基本動作」講義
・平成23年10月27日東京弁護士会の債権回収専門講座第2回「消費者事件における債権回収」で講義
・平成23年8月26日日本弁護士連合会・中部弁護士会連合会夏期研修で「執行における工夫と課題」講演
ここでは,相手方もあることですから,詳細を書くことはできませんので,一般的な事柄と,先駆的な手続の試みの一部を紹介しておくことにします。なお,企業の担当者などの閲覧も多い部分ですので,である調で記載することにします。
1 債権回収手続を行うに当たって判断の基礎とする事情など
債務名義((確定し,あるいは仮執行宣言が付された)判決,和解調書,調停調書,(執行認諾文言のある)公正証書)があるか否か
債務名義がある場合
→交渉による支払の可能性、交渉を行うことによる債務者の行動の変化(財産の隠匿など)の予測
→債権者の債務者との今後の関係性についての希望が債権回収行為によって害されることはないか
→債務者の性質、債務の性質はどうか、債務者数はどうか、債務名義を改めて取り直す必要はないか(本来債務を負担するべき者を除いた判決などを得てしまっている場合もある)
→送達を経ているか、執行分の付与は受けているか(時機を得た強制執行ができる前提にあるか)
→執行分の付与を経ていない場合で債務者が複数の場合、執行分付与の方法をどうするか(漫然と数通付与を受けるべきではない)
→債務者の財産は強制執行が奏功する程度に判明しているか、その判明の程度、確実性はどうか
→債務者の財産が債権を満足する程度に判明していない場合、どのような財産が存在しうるか
→当該財産を探知する方法としてどのようなものがあるか、どの方法を選択するのが適切か(弁護士法23条の2の照会に対する回答の最新の状況はどうかなど。たとえば預金一つとっても、その探索の手段は相当数がある。預金はすぐに引き出してしまえるものであるから、あてずっぽうで債務者の住所地付近の金融機関の支店に網羅的に強制執行をかけるなどは適当とは言えない場合が多い。)
→財産の存否・特定が困難な場合に、それをどのように推知するか(情報を知っている第三者からの照会への回答が「回答できない」という場合であったとしても、そこから一定の情報を推知しうる場合もある)、必ずしも不明朗な場合に何にどのように強制執行の申立てをするか
→複数の財産が判明している場合、どの財産について強制執行を行うか、同時に行うこととする場合には、債権をどのように割り付けるか
→複数の債務者がある場合、どの債務者に対する強制執行を先行させるか、同時に行うこととした場合の強制執行対象財産の取捨選択
→強制執行手続を行うことによって明らかになりうる情報はあるか、あるときに当該強制執行手続を先行させるべきかどうか
→競合する債権者の存否、その動向はどのように予測されるか
→競合する債権者に先んじる方法があるか(転付命令申立ての是非、協力的な適切な他の債権者の協力があれば第三債務者の義務供託を指向する協同が可能かなど)
→第三債務者の対応の予測
→強制執行の申立て、その結果を受けての再度の申立て、取立訴訟の是非
債務名義がない場合
→交渉による支払の可能性、交渉を行うことによる債務者の行動の変化(財産の隠匿など)の予測
→債権者の債務者との今後の関係性についての希望が債権回収行為によって害されることはないか
→債務の性質はどうか、債務者数はどうか、誰を請求の名宛人とするか
→財産隠匿の可能性はどの程度あるか
→保全(仮差押え等)を行いうる状況にあるか、なければ債権者代位権の行使の是非
→競合する債権者の存否、その動向はどのように予測されるか
→債務者の財産は仮差押えが奏功する程度に判明しているか、その判明の程度、確実性はどうか
→債務者の財産が債権を満足する程度に判明していない場合、どのような財産が存在しうるか
→当該財産を探知する方法としてどのようなものがあるか、どの方法を選択するのが適切か(弁護士法23条の2の照会に対する回答の最新の状況はどうかなど)
→財産の存否・特定が困難な場合に、それをどのように推知するか、必ずしも不明朗な場合に何にどのように仮差押えの申立てをするか
→複数の財産が判明している場合、どの財産について仮差押えを行うか、同時に行うこととする場合には、債権をどのように割り付けるか
→複数の債務者がある場合、どの債権者に対する仮差押えを先行させるか、同時に行うこととした場合の対象財産の選択
→競合する債権者に先んじる方法があるか(協力的な適切な他の債権者の協力があれば義務供託を指向する協同が可能かなど)
→第三債務者の対応の予測
→公正証書等の作成の可否、その是非、人的物的担保の有無、これを付けさせることをどの程度重視するか
→訴えの提起、訴訟上の和解の模索
→和解の前提としての債務者の財産状況等の予測
→判決、強制執行へ(上記の冒頭へ)
法律相談の場で,債権回収・強制執行は不可能ではないかとの懸念が示されることの多い場合として多いのは,下記のような場合であるが,いずれも,これのみで債権回収・強制執行が不可能となるわけではない。
・債務者の現在の住所が分からない
・債務者と連絡が付かず,携帯電話も通じなくなっている
・取引先は分かるが,取引内容の詳細が分からない
・どこに生命保険契約や預金口座があるのか分からない
・弁護士会照会の回答が個人情報を理由に拒否されればどうしようもないのではないか
2 強制執行手続とは
しかし,実際には,詐欺商法業者などに対する損害賠償請求権はもちろん,通常の中小企業に対する売掛金債権や離婚に伴う養育費等についても,請求を認容する判決が確定したり,公正証書の作成を経ていたりしても,任意に支払をしようとしないということが往々にしてある。
そういうときには,様々な強制執行手続を試みていく。訴訟で勝訴判決を得ても,裁判所が支払をしてくれるわけではないし,裁判所が相手方の財産を探知してくれるわけでもない(新設された財産開示制度は現状ではほとんど役に立たない。)。自身で財産を探知し,特定し,強制執行手続を採らなければならない。
強制執行手続は,債権回収の最終手段ではあるけれども,ある強制執行手続を採ることによって,当該手続外で債権回収が行いうる状況を作り出すという観点もおろそかにされてはならない。その意味で,強制執行手続は,債権回収のための初動的手続として位置付けるべき場合も多い。
3 強制執行の対象となる主な財産と執行対象とすることの選択・基本的な手続の例
これらの中から,何を,どのタイミングで,どの順序で強制執行の対象として選択するかは,相手方の財産保有状況,生活の状況に応じて千差万別であり,左記状況についての事前の調査の結果と,これを基礎とした,直感とでもいうほかはない経験に基づく感覚的選択によることになる。時間の兼ね合いと調査の実効性等の見通しも即時に判断しなければならない。漫然と強制執行手続を行って債務者の防御を固めさせてしまうことのないような配慮が必要である。
また,債権回収の実を挙げるためには,財産探知の手法のうち,何をどのタイミングを行うか,執行文の付与をどのように受けるか(数通の執行文の付与を受けると債務者に通知が行き,債権回収を妨げることもあり得る。),債権執行の場合に転付命令を申し立てるか(差押命令と同時にするか,事後的に申し立てる(いわゆる「アトテン」か)),不動産執行をしたが無剰余である場合に債権回収の実を挙げうるための方策はないか,「和解」による解決の場合に,債権回収の実を挙げるためにどのような手当をどの段階で行っておくか,などを総合的に検討しなければならない。また,債権回収の実を挙げるためには,複数の手続を有機的に連関させる様にしなければならない。強制執行手続は,必ずしも単発で奏功させることのみを指向してするべきではない。
(1)預金債権執行
預金債権の執行は,奏功可能性が高いが,預金の存否・取扱金融機関・取扱支店の特定に困難があるのが通常である。債権回収に当たる弁護士としては,どの金融機関に口座があればそれを探知することができるか,一定の手続で探知できない場合に次の手続を行った場合の各金融機関の最新の対応状況などを常に把握しておく必要がある。預金口座が判明すれば,預金残高を回収できる以外に,期限の利益を喪失することを回避するために支払いがなされることも期待できる。住宅ローンを組んでいる銀行や,クレジットの引き落としに使用している口座が判明すれば奏功可能性はより高まる。特に売掛金債権の回収の場合などには,手形の決済用の当座預金口座に対する執行が有効であろうが,差押命令の送達を決済日に合わせる工夫をしたり,断続的な差押命令の申立をすることによって奏功可能性を高める工夫をすることが考えられる。法律相談においてできるだけ多くの情報の提供を受けると共に,これに基づき,弁護士としてなし得る事柄を速やかに判断する必要がある。
(2)不動産強制競売
不動産があり,抵当権がないなどの場合には,迷わず不動産執行をするべきである。余剰がなくても住宅ローンが払われ続けることによって余剰価値が生じてくることもある。第三者に所有権が移転されている場合であっても,詐害行為取消権を行使して不動産に設定された抵当権設定登記や譲渡の登記を抹消して不動産の価値を回復してから不動産強制競売の申立を行うこともある。
(3)給与等執行
奏功可能性が高いのが給与に対する強制執行である。例えば,詐欺業者であっても,一時の狂奔を離れてみれば,いつまでも無為徒食のままではいられない。詐欺組織の消滅後にもきちんと責任を取らせることは大切であると感じる。少しずつでも被害回復がなされれば被害者の精神安定も格段に増す。通常の事件であればなおさら,一定の奏功が期待されるが,給与等執行の前にその他の財産に対する執行可能性を模索するのが望ましい。一度に債権の全ての満足を受けることはできず,債務者側の態度をも相当程度変化させることになる執行であるから,相談を受けた弁護士としては,一括して債権の満足が図れる強制執行手続を見逃すことのないような配慮を要する。
(4)動産執行
詐欺的商法を行う者は毎日を食うや食わずでいるから仕方なく悪事に手を染めているというわけではない。動産執行は詐欺業者が多くの被害者の苦悩の上に保有している豪華な資産を奪還する,ダイナミックな執行である。現金はもちろん,テレビやコピー機,食器,珍しいものとしては乗馬運動器や電動マージャン卓に至るまで,差押えた対象は多種多様である。一般人であれば,執行官を伴って動産執行が実施されたということには少なからぬ衝撃を受けるのが通常であり,執行の実施によって和解の気運が高まることも期待される。
通常は動産執行は徒労であると認識されているきらいがあるが,動産執行を端緒に極めて有用な情報を得ることができ,これに基づいて数千万円もの被害の全部の回復が得られた事例もあり,軽視するべきでない。動産執行を情報探知の機会として最大限に利用するには,各場面に応じた,弁護士の機転が不可欠である。
法人に対する業者営業所を執行場所とする動産執行では,差押手続中に金員をどこかから持ってこさせ,その場に存在する現金として差押えた例もある。動産執行は,隠匿している財産を顕出させる手段でもあるのである。
(5)電話加入権等執行
電話加入権や総合ディジタル通信サービス利用権の強制執行なども,弁護士の中には効果がない手続であるとの思い込みがあるように感じられるが,譲渡命令によって当該電話番号が使用できなくなることをきらってか支払がなされる例も少なくない。
詐欺業者の場合には,電話番号を止めることによって新たな詐欺被害の発生を止めることもできる。
(6)仮差押
詐欺的商法被害事案においてもそうであるが,そうでなくても,財産の隠匿・流出は日常的になされる。これに対抗するもっとも基本的な手段は民事保全手続である。珍しい例としては,高級自動車を仮差押して取上げ保管の上,緊急換価の申立をしたものや,業者の営業所に動産仮差押を行った事案などがある。仮差押の前提として,適時・適切な財産調査が不可欠である。財産調査を怠ってする仮差押は,かえって財産の隠匿を招くことになることもあり得る。
(7)債権者破産の申立
調査,手続を尽くしてなお債権の回収を見ることができないが,何らかの財産を隠匿しており,これが破産管財人の調査によって発見されることが期待されるときなどには,債権者として,債務者の破産の申立てをすることがある。これを債権者破産の申立といい,上記の個別執行に対して包括執行とも呼ばれるものであり,本来的な破産制度の利用方法である。
4 預金債権,生命保険の解約返戻金等の差押えと差押債権の「特定」
http://www.aoi-law.com/han_kyosei