SNS広告からLINE誘導型特殊詐欺事案の被害回復経緯

 今般、SNSからLINEに誘導され、「投資の先生」の指示に従って取引をしているとMT5上では利益が膨らんでいっているかのように表示されて「投資金」として送金額を拡大し、一定額になると、税金の前払いが必要であるとか、マネーロンダリングの疑いをかけられているので保証金が必要であるなどとしてさらに被害を拡大させられていく典型的な特殊詐欺系投資詐欺事案について、当職が昨年12月から2件並行して手続を行っていたが、何とか、非常に幸運にも満足するべき被害回復を見ることができたので(まだ残務処理は残っているが)、若干の感想を添えて報告する。多少の記憶違い・誤解があるかもしれないが、ご容赦願いたい。

被害者A(60代女性:送金被害額約4300万円)
令和5年12月中旬、受任
12月、訴え提起(被告30名:送金先口座名義人14名及びその関係者・銀行等)
令和6年1月、送金先口座名義人2名について強制執行
1月、断続的に仮差押4件申立
2月、送金先口座名義人1名について強制執行
2月、仮差押1件申立
3月、送金先口座名義人2名について強制執行
3月、資金移転先口座名義人らに対して訴え提起
3月末日時点の被害回復額累計(現実の着金を基礎とする):約640万円
5月、送金先口座名義人数名に対する判決、強制執行
5月、資金移転先口座名義人に対する判決、強制執行
5月末日時点の被害回復額累計:約1370万円
6月、送金先口座名義人数名に対する判決、強制執行
7月、送金先口座名義人1名受諾和解(請求全部を認めるもの)
7月、送金先口座名義人2名に対する判決、強制執行
7月、配当期日
7月末日時点の被害回復額累計:約2190万円
8月、配当期日
9月、配当期日
9月末日時点の被害回復額累計:約3690万円
10月、配当期日
現時点で確定している被害回復見込累計額:約4870万円(+α(遅延損害金))
(現実の着金がなくても、法律上支払いがなされることが確実であると考えられるものを含む。転付命令が確定していたり、配当表が確定していたりするものや、配当遮断効を生じた後に事情届を確認することによって被害回復が手続上確定的になるものは様々にある。)。

 被害回復など絶望的であると聞く、SNS広告からLINE誘導型の非接触型投資詐欺被害。それまで受任当初から当職が単独で行っていたものはなかったので、初心者と言ってよく、事務所の同僚や同期の弁護士などに教えを請いながら手続を改良しながら進めていった。力一杯やったらどこまで被害回復できるのか、という挑戦でもあり、いっちょやってみるかという気負いもあった。訴状をバッタバッタと仕上げ、詳細な事情説明書を付けるなどして訴訟の可能な限りの円滑を図るところからスタート。訴訟提起は受任の翌開庁日にした(その他の同種事件も受任して翌々開庁日には訴えを提起している。)。訴えを提起してから年末年始に入ることもあってちょっと時間が空いたが、やがてやってくるおびただしい数の手続可能性の材料。これを被害回復を最大化するべく、即時的な勘に従って取捨選択しつつ進めていくことになる。
 この手の事件を初めて単独で行ったが、手続が集中するときなどにはほとんどかかりっきりになる。大変疲れる作業の連続だった。先物取引被害の訴訟などとは煩瑣の質と度合いが違う。
 手続には何よりも迅速が求められる。仮差押え対象財産が見つかった場合、基本的にその翌開庁日には申立をした。供託書は郵送で時間をロスすることを嫌い、法務局に取りに行って1日でも発令を早めるようにしたりもした。仮差押えは、競合なしで陳述書が戻ってくることが多かったことが手続の早さを物語っている。仮差押えだと事後的競合は防ぐことができないにせよ、銀行によっては都度権利供託する場合もある。
 早期に債務名義を得た相手(関西からはるばる夜行バスに乗って出頭してくれた)に対する強制執行が奏功し(転付命令が確定した)、仮差押えの多くも奏功し、もちろん事後的競合はあるだろうけれども、楽観モード(全部回復できるとまでは当然思っていなかったが)が比較的早くから醸成された。
 仮差押え手続においては非常に効果的な方法を見出し、奏功した(非常にニッチな部分での工夫であるが、実際の被害回復手続における効果は絶大であると思う。口座名義人が絞り切れないときに会社の所在地と金融機関の支店の近さとか登記簿に現れる「それらしさ」からの推測で一か八かで決め打ちしてしまうのは弁護士として持つべき大胆さではなく、否定されるべき蛮勇のたぐいであるが、これを回避できる。)。
 相手と連絡がつきさえすれば早期に解決することは難しくないように感じられた(相手にとっても実質的には失うものがあるわけではなく、メリットの方が大きい。)。これは理屈の問題もあるだろうが、何というか、話し方の問題の方が大きいかもしれない(いつなんどき誰から電話がかかってくるかわからないが、その電話での第一声で相手方の態度が決まることも往々にしてあるから、本当に気が抜けない。)。口座名義人もいろいろな人がいる。当然非難に値する人たちであるが、根っからの悪者ではない人も多い。裁判所や弁護士から次から次に物々しい書類が送られてくるわけで、自分が置かれている状況を知りたいと思うのは当然のことであり、はるばる関西や東北などからも上京してこちらの希望に沿う早期解決をした(敵対関係が解消した)という安心感もあって、こんな書面が送られてきましたけどどうしたらいいでしょうかなどといろいろと聞いてくる。答えられることは答えてやった。こちらとしては他の弁護士の動向ややり方などが良く分かり(悪い情報であっても、知ることができることは有益である)、口座売買の実際などについても知識を深めることができた。いきなり、7日以内に1000万円を下記口座に振り込んで支払え、などという手紙を送っている弁護士が多数見られたが、そんな手紙で払ってくるはずもなかろうに…と思う。
 1名のベトナム人は請求を認諾した。現地調査に行くと住所地の1階が工場の事務所になっており、勤務先が判明して、その後の意思の連絡が格段に円滑になった。技能実習生を管理する組合の通訳に同行してもらって認諾手続をした。これをきっかけにベトナム語通訳と親しくなり、他のベトナム人被告について現地調査に同行してもらうなどすることができるようになった。ベトナム語での手紙にLINE、FACEBOOKアカウントを作ってもらってQRコードを印刷しておくことにより、より接触の機運を高めることができるようになった(携帯電話の契約をするのも難しく、通常の通話機能を備えていない者も多くいるとのことである。)。ベトナム人実習生は、言語の壁もあり、また、自分が裁判の当事者になっているということの意味合いを正解していないことも多く、過度に不利益な立場に置くようなことははばかられる。繊細な配慮が必要になってくるが、できる限り信頼できる周囲の人の助力を得させてやれるようにしてやりたいとも感じた。
 現地調査はやはり自ら行くのが得るものが大きく(全く得るものがない場合もあるが)最善である。送達には思いのほか時間がかかる(調査にも多大な時間と労力を要する。調査会社の調査にはやはり限界がある。ただ、遠方であれば調査会社に依頼するほかない場合もある。なるべくであれば知り合いの弁護士に依頼したいが、この種事案では競合相手の代理人である可能性もないではなく、なかなか難しい。)。
 判決は公示送達を経たものや被告欠席によるものがほとんどとなった。代理人が就いたものも辞任してしまったり、結局は請求を認めたりした。口座名義人の責任を当該口座に振り込んだ金額に限定すべきではないかとの疑問を持つ裁判官も(少数派ではあるが)いると聞くが、それは正しい理解に基づくものであるとは思われない。幇助責任において求められる因果関係、幇助者の意思と客観的幇助行為、預金の実質的帰属者は誰なのか、などを考えると、損害全部の賠償責任を負わせることは当たり前であるとしか考えられないが、疑問を持った(あるいは持っているかもしれない)裁判官がいたときに適切に対話ができていない弁護士が多いことが裁判官をして問題意識を払拭し切れなくさせているのだろうと思う。本件では、原告の主張としてではなく、原告代理人である当職の考えを記載した書面を参考書面として裁判所に提出した(その後も同様にした)。ただ、地域によってはどうにも考えを変えない裁判官がいるとも聞く。馬鹿らしいようにも思うが、管轄裁判所にも注意を払う必要もあるだろう。
 それにしても、配当期日の指定の遅いこと。強制執行してから数か月待っても期日指定の前触れ(郵券送ってくれという連絡など)さえないものもあった。執行裁判所は本当におびただしい事件処理に追われているのだろう。また、この種の事件は仮差押債権者の競合が多く、送達にも困難が生じるケースが多いなど、配当期日にスムーズに移行できない諸事情もあるものとうかがわれた。Aさんは当職と楽観モードを共有し、明るさをすぐに取り戻せていたが、途中、実際に着金しないと安心できないですーと不安を見せたこともしばしばあった。その不安は理解できるものだったが、多少の催促はしたものの、早くしてくれとばかりも言いにくい(なお、別件で、沖縄の裁判所はめっちゃ早かった。)。
 被害回復が進んでくると、請求債権額は当然減ってくる。そうすると、配当手続において「割り勘負け」することになるという、ぜいたくな悩みを抱えることになった(競合者は債務名義を得るのが思いのほか遅く、本執行移行して配当期日になっても、まだヨ号事件(仮差押)のままである者が多かった。仮差押だけして訴訟提起をしなければせっかくした仮差押の効果も日々減じていくことになると思われるのだが…)。非常に幸運だったのは、相当額の被害回復を終えたのちに、競合者が少なく、配当原資が、(差押命令申立時はそうではなかったが)減っていった請求権の全額を超えることとなる、という配当事件があったことである(これが競合がなければ転付命令が確定して多額の被害回復ができてしまい、その他の配当手続に僅少な請求債権でしか配当参加できなくなってかえって不利益となる一方、大きな金額の競合があれば他の配当事件で請求債権が減っていったとしても被害回復をしきれなくなるところ、700万円の仮差押債権者という絶妙で理想的な金額の競合者があったのである。驚嘆に値する強運であると思う。残請求債権額について年3パーセントの運用をしている気にでもなりながら気楽に配当期日を待てるのである。)。ここですべての被害回復を成し遂げる目途が完全についた。
 裁判体及び担当書記官の理解と尽力が大きな助けとなった。裁判長は少し意地悪な人だったが(冗談ですよ。陪席裁判官たちのきゃぴきゃぴ感とのギャップがほほえましかったのは確かだけど。)、間に入った書記官には相当苦労をおかけしたものと思う。

被害者B(60代男性:送金被害額約3300万円)
令和5年12月中旬、受任
12月、訴え提起(被告25名:送金先口座名義人14名及びその関係者・銀行等)
令和6年1月、送金先口座名義人2名について強制執行
1月、断続的に仮差押4件申立
2月、送金先口座名義人2名について強制執行
2月、資金移転先口座名義人に対する仮差押1件申立
3月、資金移転先口座名義人らに対して訴え提起
3月末日時点の被害回復累計:0円
4月、資金移転先口座名義人らに対して訴え提起
5月、資金移転先口座名義人に対する仮差押1件申立
5月、資金移転先口座名義人1について強制執行
5月、送金先名義人数名に対する判決、強制執行
5月、資金移転先口座名義人らに対する判決、強制執行
5月末日時点の被害回復累計:約10万円
6月、送金先口座名義人1名に対する判決、強制執行
6月、送金先口座名義人1名に対する強制執行
7月、送金先口座名義人1名に対する判決、強制執行
7月、資金連結関係を有する者と接触、福岡に行って公正証書作成、強制執行
7月末日時点の被害回復累計:約580万円
9月、配当期日(2日間に3期日が集中した)
9月末日時点の被害回復累計:約1300万円
現時点で確定している被害回復見込累計額:約3400万円(+α(少額の配当金、少額の長期分割和解金))

 上記Aさんと同じような手続をしていったことが時系列からも見て取れるだろうが、手続開始から4月終わりころまでの間、ほとんど被害回復ができる見通しが立たなかった。仮差押えの担保を借り入れで工面してくれていたが、なかなか仮差押えをしたいと思える対象も見つからない。
 同時並行していた上記Aさんとは対照的といえるほどの悲壮感があった。かすかな望みは資金移転先に対する訴訟2件だったが、これも不確定要素が大きかった。「うまくいくように祈っておいてくださいねー」と言ってあり、Bさんは「毎日祈る気持ちでいます」と返してくれている。Bさんは祈っていてくれればよいが、その前提として人事を尽くすのは当職(と慢性的過労状態の事務職員ら)しかいない。しかし、人事を尽くし切っているはずなのに、どうにも良い方向に動いていかない。絶対的な信頼に応える術が見えてこないのである。無力感を感じた。
 ところが、大型連休明けに資金移転先に対する訴訟の一つが思いのほか大きな効果を上げそうな予感が生じ、雰囲気が一変した。被害全体に対する割合は大きいとは言えないが、決して少なくない被害回復の希望が生じると、空気感も変わってくる。
 ベトナム語通訳に同行してもらって訪問し、接触を図ることにより、資金移転先口座の名義人であるベトナム人を裁判所に出頭させて請求を認めてもらえたことが大きい。上記の、ベトナム語での手紙にLINE、FACEBOOKアカウントを作ってもらってQRコードを印刷しておいたものを投函しておいたところ、向こうもやはり警戒心があったのであろう、最初は偽名での「(ベトナム語で)こんにちは」の一言の投稿により接触・対話が開始し、最終的には電話で話をすることができ、在宅している時間を指定してもらって訪問して対面することができた。ベトナム人である資金移転先口座名義人と接触を持ち、細い糸のような関係を維持・強化し、裁判所に出頭してもらって請求を認めてもらうのである。Bさんは落ち着いた人だったが、静かに興奮を共有してくれた。
 同時期に、別の資金移転先口座名義人に対する訴訟も極めて大きな被害回復につながる期待が高まってきた。資金移転先口座名義人に対する判決に基づく強制執行が奏功する可能性が高まった(ように見える情報に接した)のである。状況の急変による反動もあったろう、晴れやかな楽観モードに浅はかにも勝手にチェンジし、もう、この事件は終わりじゃわぃ、とまで感じて浮かれてしまった。ところが、この差押は空振りに終わった。「(差押債権)なし」とそっけなく書かれた陳述書が送られてきた。ほんの少しの差で先行する差し押さえがなされていたのである。仮差押えをしていた限度でしか配当参加できない。しかも仮差押えはその時点の担保の不足から十分な額を仮差押債権としてはできていない。これには極めて大きなショックを受けた。仮差押えをしていたのは不幸中の幸いであったろうが、依頼者に対しても、私はしゅんとしています、みたいなメールを送り(ご本人の方が格段に落胆されているだろうに)、本当に落胆した。が、切り替えなければならない。新たに資金の連結関係(これには多義的な意味がある)を有する者に対する訴訟提起を試みようと考えたが、調べてみるとすでにおびただしい競合者があることがわかり、断念し、方針を変更することとした。方針を変えるといっても、どう変えればよいのか。もうできることはないではないか。再度暗澹たる気分に陥った。
 ところが7月に入って再度一転、資金の連結関係を有する口座名義人についての新たな情報に接した。それを契機に、当該資金の連結関係を有する口座名義人との接触が奏功し、より大きな被害回復の可能性につながりうる情報を得た。急遽バタバタと予定を調整し、当該週のうちに福岡に飛んで公正証書を作成し、直ちに強制執行に及んだ。上記の楽観モードが大きく破壊されたのちに再びもたらされた幸運の兆し。もうここを掴むしかない。急な依頼にすったもんだしながらもご対応いただいた公証人に感謝する。この訪福は大きな被害回復に結び付いた。10月には、この訪福の効果を最大化する、自分でも(今でも)驚くような手法も奏功した(こんな手法が成功するとは…)。Bさんに喜んでほしくて早く報告したくてうずうずしたが、ぬか喜びをさせてしまってはあれなので、(現在面白い試みが進行中で報告したくてたまりませんが、とだけ報告し)結果が確定するまで一人でひそかにドキドキしていた。
 配当事件が2日間に3期日指定されるということがあり、債権計算書を正確なものとするため(その分配当額は減ることになるが当然ながらこういうところは絶対にずるをしてはいけない)、一番前の日に期日が予定されている裁判所の書記官に無理を言って10日前に配当表(案)をFAXしてもらった。総じて地方の裁判所の書記官は丁寧なうえに迅速で柔軟な対応をしてくれることが多いように感じる。
 この事件においても、特に振込先口座名義人に対する訴訟の係属裁判所には大いに助けられた。担当書記官は極めて優秀で、こちらが何かの用件で連絡しようとするとその5分前に同じ用件で連絡をよこしてくれるほどだった。裁判体もこちらの事情を汲んで判決期日を早めてくれるなど、本当に被害者のことを思いやるやさしさと柔軟性をもって訴訟運営をしてくださった。
 裁判所書記官との信頼関係は不可欠であるところ、これは、送達に関する調査の迅速・充実・正確性によって形成、強化されるものであると感じる。送達事務は書記官が取り扱うわけであるが、だらだらと時間ばかり経過した挙句に、まぁ、こんなもんでいいだろう、というような調査報告を出すようでは、信頼関係など構築されえない。「信用し切れない弁護士」だと思われてしまったら最後、手続の円滑は大きく阻害され続けることになる。送達のための調査は非常に困難なものであって、住んでいるかいないか分からない場合には「公示送達と付郵便送達を両方やればよい」というような制度にならないものかといつも思うが、そういう制度がない以上、住んでいるのか住んでいないのか、勤務しているのかいないのか、はっきり白黒をつけなければならない。難しいが、これも様々な場面で機転の利かせ方がいろいろあると思う。
 送金被害額を上回る被害回復を見ることができたことはもちろんうれしいが、さまざまに努力した(そしていくつかの試みで被害回復に結び付けた)自分をほめてやりたいと思える事件となった(この事件でやってきたことを繰り返せと言われたら、事後的に考えたら、いやですと言いたい。結構しんどかった。その時その時に必死になってやったので続けてこれたのだろうと思う。)。いくつかの教訓も得た。被害者の振込先口座に凍結金があるとかないとか、そういうところでのみ被害回復の可能性の程度を計るようではいけない。

 これらに加えて、本年3月に1件、6月に1件委任を受けて並行しているので(4件でアップアップになった)、これらについても少し言及したい。まだまだ手続途中であり、先は長い。

被害者C(60代男性:送金被害額約1億2400万円)
令和6年3月、受任
3月、訴え提起(被告44名:送金先口座名義人21名及びその関係者・銀行等)
3月から7月にかけて、断続的に仮差押26件申立
4月、送金先口座名義人1名について強制執行
5月、送金先口座名義人1名について強制執行
5月、資金移転先口座名義人らに対する訴訟第1弾提起
5月末日時点の被害回復累計:約5万円
6月、送金先口座名義人2名について強制執行
6月、送金先口座名義人1名に対する判決、強制執行
6月、配当期日
6月、資金移転先口座名義人5名と訴訟外の和解
6月、資金移転先口座名義人に対する訴訟第2弾提起
7月、送金先口座名義人6グループに対する判決、強制執行
7月末日時点の被害回復累計:約1540万円
8月、資金移転先口座名義人2名と訴訟外の和解
8月、2期日において送金先口座名義人7グループに対する判決、強制執行
8月、資金連結関係を有する口座名義人と訴訟外で和解、債務名義の取得、強制執行
8月、資金移転先口座名義人1名について強制執行
9月、資金移転先口座名義人1名に対する判決、強制執行
9月、資金移転先口座名義人に対する仮差押1件申立
9月末日時点の被害回復累計:約3100万円
10月、資金移転先口座名義人4グループに対する判決、強制執行
10月、資金移転先口座名義人に対する仮差押2件申立
10月、資金移転先口座名義人3名に対する判決、強制執行
11月、配当期日
最終的な被害回復見込累計額:まだまだ手続途上であってわからないとしか言いようがないが、現時点においても合計1億円程度の仮差押をしているし、10件弱の本執行移行、配当待ち事件もあるので、あまり悲観的状況にあるとは考えていない。

 相談に来られてもまだ詐欺にあったとは信じられない(信じたくない)という心理状態に陥っておられた(なので、弁護士から、詐欺であるとは限らない、という言葉を聞きたかったのだと思う)が、それがこの種犯行に対する当職の嫌悪感を一層確固たるものとし、被害額が高額であることから相当の困難が予想されたし、上記2件でバタバタしていた時期ではあったが、受任することにした。3件目になるので、よほどの幸運がない限り、資金移転先口座や資金の連結関係を有する口座からの被害回復がなければ、十分な被害回復は難しいことが実感されており、上記2件とは最初から大きくやり方を変えることにした(これ以降当事務所での事件処理方法はがらりと変わることになった。)。4月の裁判所職員の異動時期にあたってしまって手続が一月ほど停滞したことが痛かったが、振込先口座名義人に対する訴訟の担当裁判官、書記官は、それを挽回して余りあるほど迅速かつ柔軟な対応をしてくださった(弁論を終結したその場で判決を言い渡してくれ、速やかに執行文等を付与してくれるなど)。送金先口座名義人に対する訴訟が終わった際、裁判所にお礼を言ったところ、「濃密な日々でした」と苦笑しながら返された。
 送達の調査のために休日を終日使って関東一円を走ったりもした。
 初期段階では2人の口座名義人(関係者)について債務名義を早期に得ることができ、速やかに相当額の被害回復ができた(それぞれが1000万円以上の被害回復につながった)ことがスタート時点での安心感を生じさせてくれた。とはいえ、被害額が大きいため、1000万円の被害回復をしても10分の1にもならないので、なかなか大変なことだと現実の被害回復を一部得て改めて感じた。仮差押えは7月までの序盤戦で実に26件にも上った。その時点で凍結申請をした口座はおよそ150に上る。様々な口座名義人が電話口で怒鳴り、やってきては関係のない書類を示して自分の無実をまくしたててきた。そういう者らに是非を説き、自らの過失を理解させ、和解金を支払わせるのは骨の折れるものだった。しかも、こういう活動によって得られる被害回復など、(1億円の被害額と比較すれば)たかが知れている。
 最初の配当期日は6月に指定された。沖縄の裁判所であった。ものすごく丁寧で、ものすごく早かった。ところでこの配当、原資は1100万円程度であったが、そのほとんどがCさんに対する配当に回されることになった。これについては口座名義人(の代表者)が上京し、その後もあちこちの裁判所や弁護士から来ている書面を見せてくれたので事情を把握することができたのであるが、ほんの数日遅かったら、結果は全く違ったものとなっていただろうことがわかり、改めてこの種の被害回復における早さの重要さを認識した。また、2名に配当されることになったのだが、もう一人の被害者は2億円を超える被害に遭っていたようであるのに配当額は80万円程度にしかならなかった。やり方を変えていれば配当の結果は大きく変わっていたはずであり、手続の結果を大きく左右する制度に対する正しい理解や予測能力の重要性を痛感した。
 資金移転先訴訟は、序盤の段階で2件提起したが(もう1件提起する予定である)、第1弾は個性的な裁判所が担当してくれた。妙なところで頑固だし進行は遅いしで難儀した。いろんな人がいはるなぁ…資金移転先訴訟第2弾は、振込先口座の名義人らに対する訴訟と同一部(係が異なるので裁判官や書記官は異なる)に係属したが、やはりすごく柔軟で迅速な訴訟運営をしてくださった。裁判所はやはり部によって全然違う。
 特筆するべきは仮差押命令申立事件の著しい多さである(件数はすでに述べたが、仮差押した金額は実に1億3000万円弱にも上る。)。今週はCさんウィークですよ―などという連絡をしょっちゅうすることになった(Cさんは私がちゃんと休みを取れているか、などと心配してくれる優しい人である。)。多いものでは25の債権者が競合するものもあったが、他方、競合者が全くないものも相当数あった。これは、その口座の(犯行グループにおける)位置付けにもよるものと思われた。
 債権仮差押の申立においては、原則として債務者が不動産を所有していないことについての疎明を要する。この種の口座名義人の住所は不完全であるものも多く、不動産調査に多くの手間と時間を割く必要があり、裁判所もこれを精査する手間と時間を要する。これは無駄なことであると思え、いわゆる保全の必要性の判断に包含される要件の解釈論を挑み、仮差押債権を2万円として「実務を変える」ことを目的とした申立を試みた(こういうの、好きなんです。)。当初は却下決定に対して即時抗告をして高裁に判断を示してもらうことを予定していたが、紆余曲折を経て、結果、東京地裁民事第9部(保全部)の運用が変更され、凍結されている預金を仮差押の対象とする場合においては債務者の不動産の有無を調査することなく発令される運用が採用されることとなった。この動きは全国に波及しつつあるようであり、世の中のためになる良いことをしたなぁと、充実感を得た(このような試みをすることに共感し、協力してくれたCさんに感謝します。)。
 資金連結関係を有する口座名義会社の代表者の代理人弁護士と緊密なやり取りができ、早期に債務名義を得ることができたときには安心した。仮差押えは経ているが、本案の提起をどうするか、悩みがあった(単なる資金移転先ではなかったので、他の資金移転先に対する訴訟と併合して訴えを提起すると争点に混乱が生じるのではないか、とはいえ請求額を高額なものとしてする訴えの提起を乱発することには抵抗があった)ので、相手方代理人が話が通じる人で助かった。もっとも、訴訟提起前に合意ができたときには早期の債務名義の取得には限界がある。いろいろと試みてバタバタしたが、時間のロスを最小限に抑えることはできたと思う。結果、ぎりぎりのところで競り勝ったときにはほっとした。
 差押命令の一つに、年金事務所の滞納処分と競合したものがあった。しかし、被害者からの騙取金で構成されている預金から滞納金を取り立てるというのは、いかがなものか。公の機関としておかしくはないか。年金事務所に意見書を提出し、結果、滞納処分が取消されて被害回復が円滑になされたこともあった。
 1億円を超える被害の回復は、1000万円の被害を回復するよりも難しいものであり、その難しさは10倍どころか100倍にもなると感じている。1000万円程度であれば幸運がいくつか重なれば一つの口座を早々に差し押さえて終わることもありうるが、1億円となるとそんなことは期待しうべくもなく、地道に並行して多数の試み・手続を重ねていくほかない。
 高額の被害の場合、訴訟等の提起に要する印紙代等の負担が悩みの種になる。一つの訴訟で被害回復を期待することはできないが、いくつもの訴訟等を提起する負担は大きい。かといって訴額を減らせば、競合時の配当が減少して本末転倒になる可能性もある。多額の実費がどんどん出ていく。1億円の被害回復を志向するということは、そういうことなのだ。

 もう1件6月に受任したものについては上記と同じように手続を進めている(送金被害額約1億円)。こちらの方がなかなかに難しい予感がするが、初期段階で最も大きな凍結口座への強制執行(転付命令付)が奏功して1300万円の被害回復がなしえたことがずいぶん気分を楽にさせてくれている。資金移転先口座名義人との和解でも一定額の被害回復ができた。
 この事件では、海外の仮想通貨交換所BybitのP2Pを用いてするマネーロンダリングの実際についても深く知ることができた。ちょっと自分は儲け話に鼻が利くなどと過信してUSDT転売なんぞやっていたら、相当危ない橋を渡っていることになる。注意されたい。

 さて、すでに終わりが見えたもの2件については幸運にも満足しうる被害回復ができたわけであるが、一般的にこの種被害事案の被害回復が著しく困難である場合が多いことには疑いをいれる余地がない(そして、同僚弁護士らによると、数か月前より格段に困難の度合いが増しているとのことである。)。ただ、ときに本当らしく言われる、ほとんど被害回復ができない事例が大半である、というのは、正しい手続を根気強く履践していっていない場合についてのことであるか、非弁提携弁護士による二次被害を恐れるあまりの誤導のきらいがあると思う。とはいえ、著しく煩瑣で尋常ではない時間と労力を要することになるので、手続が集中するときなど、ほとほと疲れ切ったという毎日を過ごすことになり、一度に数件もやれば絶対にパンクしてしまう。これは、この種の事件で適切に被害回復をしようとするとき、被害としては1つではあるけれども、弁護士がする手続は1つの事件に対してのそれではなく、あたかも多数の事件の集合のような状況を呈することによるものと感じられる。そういう意識と覚悟をもってあたらなければ、被害回復はおぼつかないのである。
 事件処理が進んでくると(そして良い結果がぽつぽつ出始めると)、「先生からの報告が楽しみになっています」と依頼者は言ってくれるのだが、当職も良い結果を報告できるときにはうれしい。他の事件類型と異なり、被害回復がこまめに積み上げられていくのも、なんだか楽しい面がある。この種の事件をやるようになってから、事務所に朝一番乗りで行って郵便物を開披するのが日課になった。特に週明けにはその量も多い。楽しみに待っている手続の結果を知らせる書面(裁判所や金融機関などから送られてくるもの)が期待に副うものであったときには、朝からテンションが上がる(転付命令付き差押命令に対する陳述書が個人的には一番熱い。)。
 上記各事件の紹介は、この種事案でも被害回復がなしえることがあるという希望としてするものであって(また、被害回復手続の概要やスケジュール感も参考になろう)、当事務所への相談を希望されても、ほとんどの場合お断りすることになる(というより、ほとんど受任できない。)。事務所内でのバッティングはある程度やむを得ないが、なるべくであれば避けたい。そうすると、どうしても多数件を受任することは難しくなってくる。当職は「人生の一大事」として事件に真剣に向き合うつもりがある人でなければ相談を受ける気にもならないし、仮差押のための担保を含む相当額に上る実費預り金を(借りられるなら借りてでも)工面できるのでなければ依頼を受けない。人生の一大事として被害回復を切実に望む依頼者の期待に当職が(十分でないにせよ)応えうる可能性を生じさせる大前提として、語弊を恐れずに言えば、手足を縛られずにできる限りのことをできる状態にあることが不可欠だからである。
 また、地方在住の方が東京の弁護士に相談しようとすることは、それ自体誤っている。最寄りの先生に相談するべきである。半生をかけて築いてきた金を奪われ、その被害回復を希求している、という状況にいるはずである。なぜLINEで気軽に相談、などという弁護士の広告におかしさを感じないのか、弁護士とほとんど話もせずに委任したりしてしまうのか。情報不足、焦り、耳触りの良い言葉や安易に弁護士に委任できる状況にすがりたくなる気持ち。理解できないではないが、しっかりとリサーチをし、冷静に判断し、ちゃんとした先生(弁護士の名前で検索するなどするだけでも素人ながらにわかることがあるはずである)に、ちゃんと(会って納得のいくまで話を聞いて)お願いするべきである。そうでなければ、被害回復を祈る前提すら欠く。それでも被害回復は多難であることに変わりはないが、結果が残念なものとなったとしても、後々自分が納得できることをした、という気持ちになれることも大切なのではないかと思う。

 さて、最後に言っておきたい。民事司法手続は、様々な問題点を抱えつつも、この種投資詐欺被害の被害回復において、現時点においても全くの無力であるということは決してない。
 私は、ほとんどの人がたどり着けない、遠い、細いものであるとしても、すがりうる光の筋が確かに存在することに、救いを感じないではいられない。