(続き)
(3)上記のような理解に立って,本件のような場合について考えるに,強制競売手続の無剰余取消は,当該不動産の現実の売却価格や市場価格ではなく,買受可能価額を基準として剰余の有無が判断されるものであり(民事執行法63条),買受可能価額は原則として評価人の評価に基づいて定められる売却基準価額から,その十分の二に相当する額を控除した価額であって(同法60条),買受可能価額は一般的に市場価額よりも低くなることは半ば公知の事実であり,本来ならば当該不動産の売却額によって債権の満足を得られるはずの債権者が,このような制度のいわば間隙によって無用の不利益を受けることになる可能性にさらされることになるのである(本件においては,買受可能価額は2034万4000円と定められているところ,複数の不動産仲介業者の見積もりによれば,市場価格は3600万円前後,3800万円前後であるというのである。)。
ところで,私の経験上,強制競売における評価と現実の市場価格の差異及びこれらが各法的手続においてばらばらに用いられていることを奇貨として,無剰余取消の瞬間を狙って不動産を任意に売却して,余剰金員を隠匿されてしまったという例を実際に見たことがある。債権者破産の申立手続においては,債務者の所有不動産が1億4123万円と評価されて破産手続開始の申立が棄却されたところ,同不動産についての強制競売手続においては,買受可能価額が5208万円と定められて無剰余取消となり,不動産強制競売の取消の直後に同不動産が売却され,事後的に同不動産の売買の仲介に立った者から聞いたところによれば,債務者はこれによって2000万円程度を得たということであった。
この当時,私は名古屋高決平成20年10月14日を知らず,また,このような考え方にも想到できなかったのであるが,仮にこのときにこれに想到し,仮差押の申立をしてこれが発令されていれば,みすみす2000万円の現実に存在する余剰価値を悪質な債務者(いわゆる未公開株商法業者の代表者であった者である)の手に落とさずに済んだのである。(続く)