(続き)
屋上屋を重ねてさらに言えば,仮に本件のような取引が違法でないとの考えに立つ場合にでも,なお,本件のような取引自体が違法であると判断する裁判所が大勢を占めるというのが現状であり,裁判所によって利益金請求権が否定されることとなる可能性があること及びそのことが全く説明されていないことが問題となる。
すなわち,東京地判平成21年5月25日は,「賭博によって相手方が負担することになった金銭債務の支払を求めることは,公序良俗に反し許されないことであり,原告の主張する損害は,まさにこれに当たるといわなければならない。そして,賭博の結果について法がその実現に助力することができない以上,原告が被告らに対し,上記損害の賠償を求めることは許されないというべきである。」と判示するのである。つまり,取引を行う者は,取引で利益計算となっても仕方がないのである。単に,業者に対して,法律が保護しない請求権を取得することがありうるのみであって,業者がそれを支払わないときには,訴訟上の請求によっても利益を得ることができない(可能性が極めて高く,現にそのような裁判例がある)のである。計算上の損をすれば証拠金の返還が受けられず,計算上の利益を生じてもそれは法律上有効な請求権とはならない。このような「取引」が正常な金融商品取引であるということは,到底言えない。
また,仮に上記のような説明(損したらお金が無くなり,得になっても裁判所は払えとはいわない。うちの会社の気分次第で払わなくてもあなたはどうしようもない,という説明)がなされたときには,誰も取引をすることはないだろう。そうすると,そのような説明がなされるか否かは「顧客」が取引をするか否かを決定的に左右する事柄であるから十分に説明されなければならない事柄であるというべきところ,そのような説明は(当然といえば当然であるが)なされることはない。この点にもこの種取引の構造的違法性が存在する。
さらには,CO2排出権証拠金取引は相対取引であるから,顧客と業者の利害は決定的に対立するものであり,業者は,「あなたが利益を出せば,私の会社は損をする。あなたが損を出せば,私の会社は利益を出す。」という取引であることを原告に対して十分に理解させるような説明を行うべき注意義務がある。しかし,このような説明をされてこれを理解をした者が取引をするとはおよそ考えられない。この種取引に関する基本書面群を見てもこの点に十分な注意が向けられるような記載には全くなっていない。最判平成21年7月16日,同平成21年12月18日(商品先物取引について差玉向かい,取組高均衡手法が採られている場合にはそれを説明する義務等があるとしたもの)が定立した投機取引が利害相反状況下でなされることの説明義務についての考え方を前提とするとき,その構造的・恒常的・組織的・意図的不履行があるこの種取引において業者の行為の違法性が否定されることは到底考えられない。なお,仕組みを理解した者に対してもこの種取引を行わせることが不法行為を構成するとするのが現在の判例(最高裁がないので東京高判)である(例えば東京高判平成20年10月30日ほか)。
仮に本件取引が適法に存在する余地があったと仮定しても,その仕組み及びリスクの態様(価格変動リスクのみでなく,その決定権者,レート配信者が不明確であることからくるリスク,タイムラグのリスク,情報収集の困難性からくるリスク,分別管理が十分になされていないリスク,信用リスク,益金の支払を受けることができない可能性が高いという司法リスク,利益相反状況で取引の勧奨を受けるリスク,高齢者であるが故の判断能力低下のリスク)からして,この種取引を高齢者に勧誘し,取引を開始させ,継続させることが,適合性原則に著しく違反し,年金制度等を構築して高齢者の老後の生活の平穏を守ろうとしている我が国制度における高齢者の財産保護についての国民全体の指向するところに真っ向から対立する反社会的・反倫理的・反道徳的な醜悪な行為であることは疑いを容れる余地がないだろう。