いわゆるレセプト債事件とは、オプティファクター(以下、「オプティ社」という。)、アーツ証券及びその関係者らが、医療機関の診療報酬債権を裏付資産とする安全性の高い商品があるなどと虚偽を述べて、全国の一般顧客計約2400名から計約227億円もの資金を集めたが、実際にはそれを自社グループの資金などに流用して毀損させたという詐欺事件である。本件では、オプティ社及びアーツ証券の各代表者だけが詐欺罪等で起訴されて有罪判決を受ける一方、それ以外の者は刑事責任を問われなかったが、本判決は、レセプト債のスキームに発行会社であるSPC管理者として関与した会計事務所等についても、首謀者による民法上の不法行為を幇助したとして、その共同不法行為責任を認めたものである。
本判決は、まず「首謀者」であるオプティ社の不法行為責任について、次のとおり判示した。
「発行会社3社のいずれにおいても、本件レセプト債の発行を開始した初期から、診療報酬債権等の買取残高が社債発行残高に比して著しく僅少であったほか、本件レセプト債への投資資金の大半が、発行会社3社からオプティ社及び関連会社に移転され、流用された。その結果、発行会社3社は、本件レセプト債の新規発行を行わなければ既発行分の社債の償還及び利払いの継続が困難な状況に陥った。オプティ社の担当者らは、本件レセプト債への投資資金の目的外流用を主導的に実行したにとどまらず、本件レセプト債の運用実績報告書や発行会社3社の決算書等を偽造するなどして、本件レセプト債の実態を隠蔽し、アーツ証券や販売証券会社をして、本件レセプト債が診療報酬債権等を裏付資産として発行される安全性の高い金融商品であるという虚偽の提案書を交付してその旨の取得勧誘をさせ、もって原告らをしてその旨誤信させ、本件レセプト債の取得代金を支払わせたものである。したがって、オプティ社が原告らに対する不法行為責任を負担するのは当然である。」
「そして、 発行会社3社は、本件レセプト債の新規発行で償還及び利払資金を賄ういわゆる自転車操業の状態にあったし、発行会社3社については、特に分野別に棲み分けるなどの基準はなく、オプティ社主導の下でいずれかで資金全体の調達を行っていたから、前記のようなオプティ社の不法行為責任は、発行会社3社の別やその時期について個別にとらえるのは相当ではなく、一連一体の連続したものとして把握するのが相当である。」
本件訴訟において会計事務所側は、「SPCから受託したのは、役員派遣、会計記帳、入出金及び税務申告等に過ぎず、資金の目的外流用などは認識していなかった」などと主張して全面的に争ったが、本判決は、概要次のとおり、証券化スキームのなかで会計事務所は関係者の利益相反や権限濫用を防止するための牽制機能を果たすことが要求されており、牽制機能を果たさなかった場合にはオプティ社よる不法行為について幇助による共同不法行為責任を免れないと判示した。
「本件アドバイザリー契約や本件業務委託契約で実現される本件レセプト債のスキームにおいては、実際の資金の運用はオプティ社が実施することとしつつも、オプティ社が独断で診療報酬債権等の購入をすることはできず、被告会計事務所等が第三者から診療報酬債権等を購入するための契約(S&P合意)を締結し診療報酬債権等の取得を監視するとされていたのである。これは、資格制度を通じて公的監督にも服する被告会計事務所等が、誠実かつ中立的にその業務を行うであろうとの社会的信頼を背景に、アレンジャーであり資金の運用も担当するオプティ社を含めて関係者の利益相反や権限濫用を防止するための牽制機能を果たすと期待されたためであるとするのが自然である。そして、被告会計事務所等がこのような役割を担うことが予定されていたことは、会計事務所被告の関係者を除く本件の関係者が一致して述べるところであ」る。
「このような本件業務委託契約及び本件アドバイザリー契約の採用した権限の分化と相互牽制の仕組みは、これが順守されることによって関係者による利益相反や権限濫用が防止されるのであって、投資家保護に資する仕組みとして本件レセプト債のスキーム上重要な意味を持つ。そして被告会計事務所がこれを果たさないことは、それによって前記アのようなオプティ社の担当者らによる不法行為を可能とし又は助長するものであるし、それ自体が、被告会計事務所等について前記のエージェンシーリスクが発現したとみることができるものである。したがって、被告会計事務所の担当者らにおいて、本件業務委託契約に定められた牽制機能を果たさなかった場合には、それによって本件レセプト債の実態を発生又は拡大させ、さらには、本件レセプト債の実態の発覚を防ぎ、オプティ社が本件レセプト債の実態を秘匿したまま本件レセプト債の発行を継続することを可能にしたという意味において、少なくともオプティ社よる不法行為について幇助による共同不法行為責任を免れないというべきである。」
そして本判決は、会計事務所被告らがそもそも牽制機能を担っていること自体を否定する主張をし、実際にも、使途不明な金銭であってもオプティ社の指示には従わなければならないとの認識のもとに業務が行われていたことや、会計事務所代表者らが販売証券会社との面談において、資金流用のおそれはないなどと虚偽の説明を行っていたことなどを指摘して、幇助による共同不法行為の責任を負担するものと判示した。
証券化スキームにおいては、倒産隔離や利益相反防止等を目的として、債券発行会社である特別目的会社(SPC)が設立され、SPCや譲渡債権管理等のため会計事務所など多くの専門家らが関与するのが通常であり、投資家にとっては、スキームに関与する専門家らがそれぞれの役割を忠実に果たすことが投資判断の前提となる。本判決は、SPC管理を受託した会計事務所の共同不法行為責任という先例の見当たらない論点について、証券化スキームの仕組みから説き起こし、会計事務所は関係者による利益相反や権限濫用を防止するための牽制機能を果たすべきであったと指摘し、かかる牽制機能を果たさなかったことが幇助による共同不法行為責任を基礎付けると判示した判決であり、実務上参考になる。
なお、本判決は控訴審でも維持されている。
判決PDFその1(業者側控訴)
判決PDFその2(業者側控訴)
判決PDFその3(業者側控訴)
⇒先物取引裁判例集85巻1頁
判決PDF(業者側の控訴棄却)
(東京地判令和4年3月31日判決、東京高等裁判所令和5年11月8日判決) 「レセプト債」の証券化スキームにおいてSPC管理を受託していた会計事務所等の共同不法行為責任を認めた事例
2.大和証券
(東京地方裁判所令和4年3月15日判決) 大手証券会社である大和証券が、当時50代の主婦に対して、主婦が保有する有価証券を担保に合計9640万円の貸付けを行い(証券担保ローン)、当該証券担保ローンの借入金を原資として、仕組み債や投資信託など46銘柄の売買を繰り返し行わせた結果、全ての金融資産が失われた事案について、大和証券に対する損害賠償請求が一部認容された事例
3.静銀ティーエム証券
(東京地方裁判所平成23年2月28日判決) 銀行系証券会社によるノックイン型投資信託勧誘事案
4.アトランティック・ファイナンシャル・コーポレーション
(東京地方裁判所平成20年7月16日判決) ロスカット・ルールに関する重要な初判断
5.リソー教育
(東京地方裁判所平成29年3月28日判決,東京高等裁判所平成29年9月25日判決) 有価証券報告書等の虚偽記載等により生じた株価下落につき,株式会社リソー教育に対し,金融商品取引法21条の2第1項に基づき,第三者委員会設置の発表前に株式を取得した株主らについて,第三者委員会設置発表前終値から処分価格の差額を損害としてその賠償を認めた事案
6.アルファエフエックス
(東京地方裁判所平成22年4月19日判決) 区分管理を怠った業者の役員らの責任に関する判決
7.アーバンコーポレイション役員ら
(東京地方裁判所平成24年6月22日) アーバンコーポレイション事件の対役員らの判決
8.アーバンコーポレイション査定異議訴訟
(最高裁判所平成24年12月21日判決) アーバンコーポレイション事件の対会社の判決群
9.野村證券
(東京地方裁判所平成25年7月19日判決) 仕組債の時価評価についての説明義務違反など 10.幸せwin,大橋ひかる,マネースクウェアジャパン
(東京地方裁判所平成20年10月16日判決) 情報商材業者や,これを利用して集客していた業者の違法性を肯定したもの 11.KOYO証券
(東京地方裁判所平成28年5月23日判決) 株価指数証拠金取引(くりっく株365)について説明義務違反,過当売買の勧誘等の違法性を認め,過失相殺を否定して損害賠償請求を全部認容した事例 12.SMBCフレンド証券
(東京地方裁判所平成17年7月22日判決) 日経225先物オプション取引被害事案