3.D9

(東京高等裁判所令和5年5月17日判決、東京地方裁判所令和3年11月26日判決)

 1口約26万円に対し毎週170米ドルの配当(週利約8%)や紹介料等が出ることを喧伝する、マルチ・レベル・マーケティングの仕組みを取り入れた商法(以下、「D9商法」という。)を勧誘され被害にあった者らが、勧誘をした者やネットワーク上の上位者(マルチ商法ではAがBを勧誘し、BがCを勧誘し…と勧誘が連鎖する。この時、Cから見たAを上位者ということとする。)等を相手方として損害賠償を求めた事案。訴訟ではD9商法への勧誘等は違法か、そもそも勧誘したと言えるのか、上位者は責任を負うか等が争点となった。一審で一部認容され、被告らと一部の原告が控訴した。
 勧誘行為や動画投稿者ら行為の違法性について一審判決は、極めて高率の配当を喧伝していることや、被告らが主張する運用の詳細が明らかでないこと等から、D9商法を破綻必至のものとし、D9商法の勧誘を違法とした。この際、勧誘とは何かという規範は示されなかったが、勧誘する内容の動画をSNSなどで配信した者について、「当該勧誘者が直接的に対面して勧誘していなくとも、その言動が閲覧者の投資判断に影響を与え、投資意欲を喚起する点で何ら異ならない」として勧誘者と同じ注意義務を認めている。ここからすると、一審は勧誘かどうかを「投資判断への影響」「投資意欲の喚起」で判断しているものと思われる。控訴審判決は、一審と同様にD9商法の違法性を指摘したうえで、「D9商法についてその利点のみを強調する、又はD9への出資に肯定的な評価を述べるなどして、客観的にみた場合にD9へ出資するとの意思形成に影響を与える程度の働き掛け(以下「本件働き掛け」という。一審原告らは本件働き掛けを含め「勧誘」として主張しているものと解される。)をすることは、本件働き掛けを受けた者に対してD9に出資する動機を形成させ、自ら予期した投資としてのリスクに見合わない財産的損害を生じさせる危険性を高めることになるのであるから、D9商法の仕組みをその宣伝内容の程度まで理解している者は、主観的には本件働き掛けを受けた者に出資をさせる積極的な意図まではなかったとしても、客観的にみて本件働き掛けと評価されるような行為を行っている以上、当該行為者において、本件働き掛けを受けた者のD9商法に対する出捐の意思形成に影響を与えているものと認識し、又は少なくとも同影響を与えていることを認識し得たということができる」、「D9に勧誘する内容の動画を閲覧させることは、当該勧誘者が直接に対面して勧誘していなくとも、その言動が閲覧者のD9商法に対する出捐の意思形成に影響を与え、出捐意欲を喚起する点で直接対面して勧誘を行う場合と異なるところはない」として、D9への出資についての「勧誘」ではなく「働き掛け」を違法行為と捉えた。
 そのうえで、一審判決は「D9への出資に向けて勧誘する者は、前記のとおり、当該勧誘を受けた相手方を大きな危険のあるD9商法に巻き込もうとするものであるから、勧誘する相手方の利益保護のために、信義則上、D9商法の安全性や出資にする資金保全の確実性に関する裏付けとなる合理的な根拠を調査する注意義務を負うものと解するのが相当である。」として、その義務を怠った勧誘者の過失の不法行為責任を認め、控訴審判決も、「経済的合理性に反し、早晩破綻が見込まれ、出資者が将来損害を被ることが不可避といえる先にみたD9商法の仕組みを踏まえると、本件働き掛けを行った者は、そもそも他者に対して本件働き掛けと評価されるような行為をしてはならない注意義務(以下、「本件注意義務」という。)を負っているというべきであるし、本件働き掛けをしたと評価される行為を行った者は、少なくとも本件注意義務に反した過失があるから、D9商法の破綻によって本件働き掛けを受け出捐した者に生じた損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」として注意義務を認めた。

 上位者の責任について一審判決は、本件商法がマルチ商法の仕組みを用いていること等から、「上位者は連鎖的に出資者が拡大していくというD9商法の性格を認識していたといえるから、自らが直接の下位者を勧誘した時点で、当該下位者及びそのさらに下位者を通じて出資者が拡大していくことを予見することができたといえる。すなわち、上位者は、直接の下位者を勧誘して、当該下位者にD9商法の勧誘のノウハウを与えることにより、その時点ではいまだ勧誘を受けていない潜在的な出資者をも危険に直面させたということができる」、「したがって、このような上位者は、下位者の勧誘によってD9商法に出資する意思を有するに至った第三者が危険な取引を行って損害を被らないよう、D9商法の安全性について十分な調査、検討を尽くし、D9商法が安全なものと確認することができない場合には、自ら勧誘行為をしないとともに、下位者による勧誘行為をやめさせるなどの適切な措置を執る義務を負っているというべきである」、「したがって、上位者が上記義務を尽くさなかった結果、下位者に勧誘された第三者がD9商法に出資した場合には、上位者の直接の下位者に対する勧誘行為と第三者が出資したことにより生じた損害との間に相当因果関係が認められ、上位者は、当該第三者に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を追うというべきである。」として上位者の責任を認めた。ただし、「組織図の上では当該第三者の上位者になっていたとしても、投資を決めた第三者が誰の下位者となるかを自由に選べるため、組織図上の上位者が勧誘した下位者及びこれに続く下位者によって勧誘されたものであるとは限らないことが認められる。したがって、単に組織図上の上位者というだけでは、実際にも上位者であることが当然には認められないというべきである。」として、上位者という評価に一定の制限をかけることになった。
 これに対して控訴審判決は、一審と同様、働き掛けの連鎖が行われる仕組みを指摘し、「こうした本件働き掛けとハッケージの購入等の加入参加の連鎖が自身の行った本件働き掛けが原因となって生じ得ることは容易に予見することができたといえる」ことから、上位者の責任を肯定した。一審が指摘した「誰の下位者となるか自由に選べる」という問題については、「一般に、初めてD9への本件働き掛けを受けた者Hは本件働き掛けをした者Kよりも、組織図にどのような者が存在し、配置されているかなど、D9に関する情報に乏しいのであるから、Kと全く無関係の者を自発的に上位者に選ぶということは通常考えられず、K自身やKの関係者(これはKと同視することができるから、以下ではKの場合のみを検討することで足りる。)の指示によって上位者を決めるという実態にあるものと合理的に推認することができる」などと、どのような形で上下関係が構築されるのかを検証し、「Hは被勧誘者が自由に上位者を指名することができ、組織図上の下位者が形成され、増大していくことによって紹介報酬が増大していくというMLMの仕組みを認識、受容してD9商法に投資し、参加している以上は、Kによる本件働きかけによりH’が自身(H)の下位者に位置付けられ得ること、更にその下位者であるH’’以下の者が本件働きかけの連鎖によりD9商法に投資し、損害が発生しうることを認識すべきであったといえる」として、「組織図等で形式的に上位者・下位者の関係に立つ者であれば、前記アの本件働きかけの連鎖が生じているとの推認を妨げないというべきであるし、仮に、直接の下位者として位置づけられている者が自身の直接の勧誘の対象でなかったとしても、当該下位者やその者から本件働きかけを受けたさらに下位者に損害が発生し得ることも認識すべきであったと解するのが相当である」とした。

 本判決は、投資まがいの詐欺商法被害事案においては「勧誘」をしたかどうかが争点になることが多いところ、本件控訴審判決の「働き掛け」に関する判示はこの争点について発展的議論の契機となるものと思われる。
 また、マルチ商法における上位者の責任を東京高裁が認めたという点でも意義がある。

判決PDFAdobe_PDF_Icon1.svg(1審判決、双方控訴)
⇒先物取引裁判例集87巻273頁

判決PDFAdobe_PDF_Icon1.svg(控訴審判決)
⇒先物取引裁判例集87巻424頁

1.東京プリンシパル・セキュリティーズ・ホールディング
(海外ファンド,金融商品まがい取引としての違法性)(東京高等裁判所平成23年12月7日判決)
「金融商品まがい取引」として違法性を導いたリーディングケース
2.東京プリンシパル・セキュリティーズ・ホールディング(海外ファンド)
(東京地方裁判所平成20年9月12日決定)
私募ファンド業者に対する意表を突いた被害回復手続
3.D9
(東京高等裁判所令和5年5月17日判決、東京地方裁判所令和3年11月26日判決)
詐欺的商法をマルチの手法で伝播拡散した者(勧誘者、動画投稿者、上位者等)らの不法行為責任を認めた事例
4.ラッキーバンク
(東京地方裁判所令和4年11月14日判決)
ソーシャルレンディングの被害事案において、ファンドの組成・販売を行った第2種金融商品取引業者とその役員の責任を認めた事例
5.CFS
(東京地方裁判所令和2年2月26日判決、東京高等裁判所令和3年7月19日判決)
違法な商法において主謀者以外の商法の伝播に関与した者の責任を肯定した裁判例
6.夢高塾
(民泊投資セミナー商法関係)(東京地方裁判所令和2年6月15日判決)
民泊投資セミナー商法の違法性と損害の範囲
7.JPB,日本プライベートバンキングコンサルタンツ
(海外ファンド,金融商品取引業者の取締役の監視監督責任のあり方)(東京高裁平成22年12月8日判決,東京地方裁判所平成22年5月28日判決)
この種業者の(名目的)取締役の責任について説得的に判示している
8.ストラテジック・パートナーズ・インベストメントほか
(東京高等裁判所平成29年4月26日判決,東京地方裁判所平成28年2月18日判決,東京地方裁判所平成27年2月4日ほか)
インターネットにより契約の申込みをさせていたファンド商法において,説明義務違反の違法性が認められた事例
9.ファンドシステム・インコーポレイテッド
(FX自動運用,従業員の過失による幇助責任)(東京高等裁判所平成23年12月7日判決)
「過失による幇助」による損害賠償を命じたもの
10.原野商法に関与した宅地建物取引士の責任
(東京地判平成30年10月25日,東京高判令和元年7月2日)
原野商法に関与した宅地建物取引士の責任を認めた高裁逆転判決
11.DYK consulting株式会社
(東京地方裁判所平成29年12月25日判決)
セミナーを開催して詐欺的ファンドを広める商法について関係者の損害賠償責任を肯定した事例
12.東京プリンシパル・セキュリティーズ・ホールディング,New Asia Asset Management,Mongol Asset Management(海外ファンド)
(東京地方裁判所平成24年4月24日判決)
海外ファンドについて商品自体の「不適正」さを指摘したもの
13.アイ・エス・テクノロジーほか(121ファンド関係)
(1事件:東京地方裁判所平成25年11月13日判決,東京高等裁判所平成26年7月10日判決,2事件:東京高等裁判所平成26年9月17日判決,東京地方裁判所平成25年11月28日判決)
表に出てこなかった上位関与者及び収納代行業者の責任を認めたもの
14.レクセム証券(旧商号:121証券)
(東京高等裁判所平成27年1月14日判決)
121ファンド商法について一定の関係を有していた証券会社の責任を認めたもの 15.Quess Paraya,エターナルファンド
(東京地方裁判所平成27年3月26日判決)
「セレブな雰囲気」を用いて勧誘するファンド商法について,投資を行う者に適正な損益を帰属させることを目標として組成され管理されていたものということはできず,金融商品として不適正なものであったとして首謀者以下関係者に損害賠償を命じたもの 16.バーチャルオフィス契約・電話利用契約に関する本人確認書類提供者の責任
(東京高等裁判所平成28年1月27日)
詐欺商法において用いられたバーチャルオフィス・電話利用権の契約に関する本人確認書類提供者の責任を認めた事例 17.勝部ファンド
(東京地判平成29年10月25日,東京地判平成29年11月30日)
連鎖(マルチ)取引類似の方法で勧誘された投資まがい商法の,直接の勧誘者ではない上位者の不法行為責任を正面から肯定したもの 18.携帯電話貸与者(一般個人)
(東京地方裁判所平成26年12月25日判決)
携帯電話レンタル業者ではない一般人が貸与した携帯電話が詐欺商法に用いられた事案において貸与者に過失による幇助の責任を認めた事例 19.L・B投資事業有限責任組合関係
(東京地方裁判所平成26年2月26日判決)
投資事業有限責任組合の形態を採用して未公開株商法を行っていた業者らの責任 20.ユニオン・キャピタル,ファンネル投資顧問
(東京地方裁判所平成28年7月8日)
「本件ファンドは,そもそも,顧客の資金を運用し,顧客に適正に損益を帰属させることを目的として組成されたものとはいえない」として損害賠償請求を認容した事例 21.有限会社リンク(121ファンド関係)
(東京地方裁判所平成24年4月23日判決)
中間代理店の過失を取引の荒唐無稽さから導いたもの 22.パブリックライジングジャパン(ファンド商法)
(東京地方裁判所平成24年7月9日判決)
ファンドまがい商法被害事案において参考になる 23.パブリックライジングジャパン(ファンド商法)
(東京地方裁判所平成24年9月14日判決)
ファンドまがい商法被害事案において参考になる 24.合同会社フィールテックインベストメント4号,一般社団法人米国IT企業投資協議会(投資事業組合商法)
(東京地方裁判所平成25年2月1日判決)
投資の実態を明らかにしないことがどのような意味を持つかを正しく指摘している 25.よいルームネットワーク(探偵業者)
(東京地方裁判所平成24年11月30日判決,東京高等裁判所平成25年4月17日判決)
探偵業者による被害事案 26.恵新
(東京地方裁判所平成26年1月28日判決)
過失による幇助という法律構成を用いている 27.スペース・ワン関係
(東京高等裁判所平成26年7月11日判決,東京地方裁判所平成25年3月22日判決)
ファンド商法勧誘者,加功者の責任(「勧誘」の評価) 28.あいであ・らいふ
(東京地方裁判所平成22年9月27日判決)
リスク説明がされていたか否かについて,書面の表示・記載の内容を具体的・実質的に検討して判断したもの 29.アイ・ベスト
(東京地方裁判所平成23年5月27日判決)
「不動産ファンド」まがい商品の勧誘者について会社の説明を鵜呑みにして勧誘したとしても責任を免れないとしたもの 30.サンラ・ワールド(海外ファンド)
(東京高等裁判所平成23年5月26日判決)
広く被害を生んだサンラ・ワールドの商法に関するもの。これ以外は全て全額を支払うとの訴訟上の和解が成立している 31.東京プリンシパル・セキュリティーズ・ホールディング(海外ファンド)
(東京地方裁判所平成23年5月31日判決)
私募ファンド商法被害事案 32.KCFホールディングズ,中央電算(フェリーマルチ商法)
(東京地方裁判所平成24年8月28日判決)
フェリーマルチ被害事案 33.住まいと保険と資産管理
(東京地方裁判所平成24年9月26日判決)
FPグループの海外投資勧誘 34.エイ,Truth Company(121ファンド関係)
(東京地方裁判所平成25年1月21日判決)
121ファンド商法の主要な代理店であった業者らの責任 35.エスペイ(121ファンド関係)
(東京高等裁判所平成24年12月20日判決,東京地方裁判所平成24年6月22日判決)
過失相殺をした1審の判決を取り消した控訴審判決 36.ハヤシファンドマネジメント,トップゲイン
(東京地方裁判所平成25年1月24日判決)
ファンドまがい商法の判断枠組みを踏襲し,真実はそうでないのに,「ファンド・オブ・ファンズ」を喧伝する行為についての違法性評価を固めるもの