システムトラブルによりロスカット・ルールが発動されなかった事案について,FX取引におけるロスカット・ルールの適切な発動は業者の顧客に対する義務であり,そのためにFX取引において起こりうる様々な事態に十分対応できるようシステムを用意しておかなければならないとしてロスカット・ルールが適切に発動されていれば確保されていたであろう証拠金の賠償を命じた事例
FX取引におけるシステムの構築,ロスカット・ルールの発動に関する業者の義務についての初判断。判示事項は以下のとおり。
「本件取引は,必要証拠金額が原告の建玉の総額の1パーセント相当額に設定されていることから,原告が預託した証拠金の100倍相当額の建玉を運用することを可能とするものであり,為替レートの変動によっては,原告に瞬時にして莫大な損失を与える危険性を有することに照らせば,上記のロスカット・ルールの顧客を保護する機能は,本件取引において,極めて重要な役割を担っていたということができる。」
「(被告会社が交付した文書,インターネット上の比較サイトの記載,顧客が取引相手を選択する上で重要な関心事になっていること,などに照らして)原告のロスカット・ルールへの期待は合理的なものとして法的な保護に値するということができるから,被告は,有効証拠金額が維持証拠金額を割り込んだときにロスカット手続に着手しなければならない義務を負っていたと解するのが相当である。」
取引要綱に「できる」という文言を用いてロスカット・ルールの記載があったとしても,ロスカット手続に着手するかどうかを被告が自由に判断できると解するのは相当ではない。
「(被告会社の)コンピューターの不具合は,同システムの通信回線の使用量がその容量を上回ったこと,そのためサーバーに負担がかかったことを原因とするものであり,前記(1)で説示した同システムの内容,顧客の注文に必要とされる通信量,被告との間で外国為替証拠金取引を行っていた顧客及び取引口座の数,被告は,本件ロスカット時の前後の時期に複数回にわたり,同システムの能力不足に起因して,顧客との取引に障害を起こしていたこと,被告が,本件ロスカット時の後,上記障害への対策として,通信回線及びデータベースサーバーについて大規模な増強をしたことにかんがみれば,被告が本件ロスカット時において用意していたコンピューターシステムは,その取引環境に照らして,不十分なものであったといわざるを得ない。」
被告の約款ではコンピューターシステムの故障などにより生じた損害についての免責規定があるが,消費者契約法8条1項1号,同項3号に照らせば,「被告とヘッジ先とのカバー取引が被告の責に帰すべき事由により成立しない場合にまで,原告と被告との売買が成立しないことについて被告を免責する規定であるとは解し得ない。」
「ロスカット手続は,有効証拠金額があらかじめ決められた所定の水準まで減少するという条件が成就した場合に発動する手続であって,そもそも大きな為替相場の変動とそれによる混乱の発生を予定している仕組みである上,原告が預託した証拠金よりはるかに多額の建玉の運用を可能とし,極めて危険性の高い本件取引において,ロスカット・ルールは顧客の損失の拡大を防止し顧客を保護するいわば安全弁としての機能を有するものであることからすれば,外国為替証拠金取引業者である被告は,真に予測不可能なものを除いて,同取引において起こり得る様々な事態に十分対応できるよう,ロスカット手続のためのシステムを用意しておかなければならないというべきである。」
よって,被告の債務不履行がなく,ロスカット手続が行われた場合の想定価格での差損益との差額は,不法行為または債務不履行による損害であり,業者にはこれを賠償しなければならない。
判決PDF(業者控訴,和解)
⇒先物取引裁判例集52巻366頁
⇒消費者法ニュース78号285頁
⇒金融法務事情1871号51頁
⇒国民生活センター「消費者問題の判例集」
⇒金融商品取引法判例百選68頁
(東京地方裁判所平成20年7月16日判決) ロスカット・ルールに関する重要な初判断 2.ワイジェイFX(旧サイバーエージェントFX)
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