本件は、原告ら(2名)に多額の値洗損失が発生した後、両建が繰り返されていた事案である。
外務員が取引開始後作成したという手書きの管理者日誌には、原告らが、外務員に対し、能動的に取引方針や相場観を告げ、両建を自ら選択しているかのような記載がされていた。この管理者日誌について、本判決(控訴審判決)は、外務員の管理者日誌は、基本的に、実際には外務員が勧めて原告らがそれに応じた事柄を、原告らが能動的に方針等を打ち出し、それを外務員が聞き置いたといったたぐいの表現形態にして記載されているものと解するのが合理的であると認定し、信用性を否定した。
そして、本判決は、先物取引業者及びその従業員は、個々の顧客の属性や理解度、当該商品先物取引において行われることが見込まれる取引手法等に応じて、顧客が先物取引の仕組みやリスク等を的確に理解できるよう十分な説明をすべき義務を負うとしたうえで、両建が行われることが十分に見込まれていたこと、原告らの属性、両建の性質及び危険性等から、外務員は、原告らに対し、両建の性質及び危険性を十分に説明する必要があったとして、説明義務違反の違法性を認めた。
また、本判決は、両建の性質及び危険性について、手数料が二重に掛かることなどのデメリットがあるほか、取引における損益状況の把握を複雑、困難にするばかりか、限月が控える中で、相場の変動を見極めて売り買い双方の建玉をいずれも適時に決済し、損失を最小限に抑えること、まして利益を出すことは極めて困難であり、そうこうしているうちに、値洗い損が更に大きくなり決済する時期を失ってしまうような因果玉を生じさせる原因にもなる点で、非常な危険性を伴う取引であると判示したうえで、常時両建状態にあることや月間回転率、保有日数も考慮し、本件取引には合理性が認めらないと認定し、合理性のない取引が勧誘されていたか、原告らが合理性のない取引を行おうとしているのに、そのことを説明し、必要な指導助言をするなどの対応が執られることのないまま、その注文が受託されているというべきであって、このような勧誘又は受託行為は全体として違法であるして、過当取引ないし指導助言義務違反を一体的に判断し、その違法性を認めている。
外務員が作成したとする実際のやりとりを歪曲させた日誌に惑わされる裁判例も散見される中、この点を正しく看破しており、その違法性の立論と併せて実務上参考になるものと思われる。
判決PDF(地裁前半)
判決PDF(地裁後半)(双方控訴)
⇒先物取引裁判例集87巻1頁
判決PDF(高裁)
(被害者側控訴を一部容れて変更、業者側の控訴棄却)
⇒先物取引裁判例集87巻109頁
(東京地方裁判所令和3年6月18日判決) 新規委託者保護義務違反を検討する際の投資可能資金額と確定損失等の関係についての判断を示した裁判例 2.カネツ商事
(東京地方裁判所平成21年10月6日判決,東京高等裁判所平成22年3月17日判決) 先物取引被害について過失相殺を否定して全部賠償を命じた控訴審判決 3.オービット・キャピタル・マネジメント(東京地方裁判所平成17年2月24日判決)訴訟係属中に被害者から訴え取下書を徴求して提出した業者の行為を正義に反するとして訴えの取下の効果を否定したもの
4.オリオン交易・カネツ商事(東京地方裁判所平成19年1月22日判決) 先物取引被害について客観的取引履歴から説得的に違法性を見いだすもの 5.KOYO証券(東京地方裁判所平成28年5月23日判決) 株価指数証拠金取引(くりっく株365)について説明義務違反,過当売買の勧誘等の違法性を認め,過失相殺を否定して損害賠償請求を全部認容した事例 6.サンワード貿易(東京地方裁判所令和4年2月18日、東京高等裁判所令和5年3月16日) 先物取引業者の外務員が作成した日誌の信用性を否定した上で、両建の危険性に着目し、説明義務違反、過当取引ないし指導助言義務違反の違法性を認めた事例 7.第一商品(東京高等裁判所平成26年7月17日判決) 控訴審から委任を受けた事件について控訴審で逆転一部勝訴したもの 8.第一商品(東京高等裁判所平成31年3月28日判決,東京地方裁判所平成30年9月28日判決) 先物取引について指導助言義務違反を認めた事例 9.カネツ商事,カネツFX証券(東京地方裁判所平成25年8月29日判決) 精神疾患を有していた被害者について損害賠償請求を全部認容したもの 10.豊トラスティ証券(旧商号:豊商事)(東京地方裁判所令和3年3月23日判決、東京高等裁判所令和4年9月15日判決) 外国為替証拠金取引(くりっく365)と商品先物取引の双方について説明義務違反の違法性を認めた事例 11.コメックス(東京地方裁判所平成22年5月25日判決) 認知障害により取引状況などを再現できない事案において参考になる 12.豊商事
(東京地方裁判所平成29年8月9日判決) 株価指数証拠金取引(くりっく株365。顧客自身がインターネットで注文する形式)と商品先物取引の両方について説明義務違反,断定的判断の提供の違法性を認めた事例 13.第一商品
(東京地方裁判所平成26年3月24日判決,東京高等裁判所平成26年10月8日判決) 顧客が取引口座申込書に,自己の資産や収入と大きく相違する資産及び収入の金額を自らの一存で記載する理由は考えがたいと判示するもの 14.KOYO証券
(東京地方裁判所平成27年5月28日,東京高等裁判所平成27年10月21日) スマートCX取引を契機とした不招請勧誘により開始された商品先物取引について過失相殺を否定して損害の全部の賠償を命じたもの 15.第一商品
(東京高等裁判所平成25年3月28日判決,東京地方裁判所平成24年11月2日判決) 被害者の病歴を確認するべきであるとする指摘,平行して行わされていたFX取引と合わせて新規委託者保護義務違反を認めているところが有意である 16.第一商品
(東京地方裁判所平成22年10月29日判決,東京高等裁判所平成23年4月27日判決) 金現物取引に端を発する被害。過失相殺を2割にとどめている 17.岡藤商事
(東京地方裁判所平成24年3月1日判決,東京高等裁判所平成24年6月27日判決) 複数の先物取引の経験を有する壮年者について,借入を始めた後の取引について適合性原則違反を認め,取引の全体について客観的履歴から違法性を認めたもの 18.オプションズ(東京地方裁判所平成23年7月15日判決) 海外先物オプション取引被害事案。先物取引の経験を「被害の経験」であると評価して過失相殺に結びつけていない 19.Systematic Trading Solution(Japan)(東京地方裁判所平成20年5月30日判決) 海外先物取引被害事案 20.エー・シー・イー・インターナショナル(東京地方裁判所平成17年10月25日判決) 海外先物オプション取引被害事案。詳細な事実認定を基礎にして業者の体質自体に厳しい非難を向けている 21.小林洋行(東京地方裁判所平成17年12月20日判決) 被害に引き込まれている被害者の状況を正解し,過失相殺を2割にとどめている 22.オリオン交易(東京地方裁判所平成18年3月29日判決) 先物業者の訴訟追行態度に悪質さがにじみ出た事案。過失相殺を否定している 23.C&Pインデックス(東京地方裁判所平成17年3月4日判決) 海外先物オプション取引被害事案。業者の体質に厳しい非難を向けている 24.大起産業
(東京高等裁判所平成18年11月15日判決,東京地方裁判所平成18年6月5日判決) 自己以外の資金を用いて鞘取取引を開始させられた事案 25.バリオン(東京地方裁判所平成23年8月31日判決) 海外先物取引被害事案。管理担当者や初回入金までしか関与していない者に責任を認めている。先物取引の経験を「被害の経験」と位置付けて適合性原則違反を肯定する事情として評価している 26.カネツ商事
(東京地方裁判所平成19年7月23日判決,東京高等裁判所平成20年1月24日判決) 1審は過失相殺を否定したが,控訴審によって過失相殺がされた事例 27.PCSJ(東京地方裁判所平成22年10月26日判決) 海外先物取引被害事案。向かい玉に関する説明義務違反を認めている 28.日本インベストメントプラザ(東京地方裁判所平成21年6月25日判決) 海外先物取引被害事案についてのみ行為の違法性を認めたもの