1.AIゴールド証券・カネツ商事

(東京地方裁判所令和3年6月18日判決)

 新規委託者保護義務違反の有無について、裁判実務では一般的に、新規委託者保護育成義務期間(取引開始から3か月間)に顧客が取引をできる金額を、顧客が申告した投資可能資金額の1/3以内にとどめるという基準がある(以下、「1/3ルール」)。これは、従前、主務官庁が「ガイドライン」として示していた基準であり、多くの商品先物取引業者が社内規則等として取り入れている。本件で争点の一つに、取引中に確定損失や値洗損(評価損)が生じた場合、確定損失等を投資可能資金額から控除した上で1/3ルールを適用するのか(A説)、確定損失等を投資可能資金額から控除しないで同ルールを適用するのか(B説)というものがあった。
 例えば、投資可能資金額を1000万円と顧客が申告し、取引開始から1か月時点で500万円の確定損失が生じたとする。A説によれば、(1000万円-500万円)×1/3≒166万円が取引可能な資金額となるが、B説によれば、1000万円×1/3≒333万円が取引可能な資金額となる。本件では、外務員により、A説によれば1/3ルールを逸脱するが、B説によれば同ルールを逸脱しない建玉の勧誘が行われていた。
 この点について、本判決は、新規委託者保護義務の趣旨は、「相場の変動が委託者の予想に反し大きくなったとしても、委託者の損失(手数料等を含む)が投資可能資金額を超えるような事態が生じるのを未然に防ぎ、新規委託者を保護する点にあ」り、「商品先物取引により損失(評価額を含む。)及び手数料並びに手数料に係る消費税が発生していれば、投資可能資金額からそれらを控除した上で、その控除後の投資可能資金額を基準として、委託者当初証拠金の使用制限を算出するのが相当である」と判示し(上記A説)、本件取引は新規委託者にとって過大であるとして、新規委託者保護義務違反を導いている。
 また、両建について、「適当な時期に建玉整理を行ったり、一部保有玉の決済を行ったりしない限り建玉がなし崩し的に増加して値洗損が大きくなって決済する時期を失ってしまうような事態を生じさせる原因にもなる点において、安易に行うことが危険な取引」とし、「限月という時間的制約がある中で、既存の建玉及び新規に建てられた反対建玉のいずれについても利益を出す、あるいは損失となった既存の建玉の損失を回復させることは容易ではなく、むしろ、既存の建玉及び反対建玉にも損失を生じさせる危険性を伴う取引である」とし、両建の勧誘の違法性を新規委託者保護義務違反として認めている。
 本判決は、未成熟な顧客を保護するという新規委託者保護義務の趣旨に遡り規範を検討した上で、結論を導いており極めて妥当な判決であるといえる。

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判決PDF後半Adobe_PDF_Icon1.svg(双方控訴、和解)
⇒先物取引裁判例集84巻129頁

1.AIゴールド証券・カネツ商事
(東京地方裁判所令和3年6月18日判決)
新規委託者保護義務違反を検討する際の投資可能資金額と確定損失等の関係についての判断を示した裁判例 2.カネツ商事
(東京地方裁判所平成21年10月6日判決,東京高等裁判所平成22年3月17日判決)
先物取引被害について過失相殺を否定して全部賠償を命じた控訴審判決 3.オービット・キャピタル・マネジメント(東京地方裁判所平成17年2月24日判決)訴訟係属中に被害者から訴え取下書を徴求して提出した業者の行為を正義に反するとして訴えの取下の効果を否定したもの
4.オリオン交易・カネツ商事(東京地方裁判所平成19年1月22日判決) 先物取引被害について客観的取引履歴から説得的に違法性を見いだすもの 5.KOYO証券(東京地方裁判所平成28年5月23日判決) 株価指数証拠金取引(くりっく株365)について説明義務違反,過当売買の勧誘等の違法性を認め,過失相殺を否定して損害賠償請求を全部認容した事例 6.サンワード貿易(東京地方裁判所令和4年2月18日、東京高等裁判所令和5年3月16日) 先物取引業者の外務員が作成した日誌の信用性を否定した上で、両建の危険性に着目し、説明義務違反、過当取引ないし指導助言義務違反の違法性を認めた事例 7.第一商品(東京高等裁判所平成26年7月17日判決) 控訴審から委任を受けた事件について控訴審で逆転一部勝訴したもの 8.第一商品(東京高等裁判所平成31年3月28日判決,東京地方裁判所平成30年9月28日判決) 先物取引について指導助言義務違反を認めた事例 9.カネツ商事,カネツFX証券(東京地方裁判所平成25年8月29日判決) 精神疾患を有していた被害者について損害賠償請求を全部認容したもの 10.豊トラスティ証券(旧商号:豊商事)(東京地方裁判所令和3年3月23日判決、東京高等裁判所令和4年9月15日判決) 外国為替証拠金取引(くりっく365)と商品先物取引の双方について説明義務違反の違法性を認めた事例 11.コメックス(東京地方裁判所平成22年5月25日判決) 認知障害により取引状況などを再現できない事案において参考になる 12.豊商事
(東京地方裁判所平成29年8月9日判決)
株価指数証拠金取引(くりっく株365。顧客自身がインターネットで注文する形式)と商品先物取引の両方について説明義務違反,断定的判断の提供の違法性を認めた事例 13.第一商品
(東京地方裁判所平成26年3月24日判決,東京高等裁判所平成26年10月8日判決)
顧客が取引口座申込書に,自己の資産や収入と大きく相違する資産及び収入の金額を自らの一存で記載する理由は考えがたいと判示するもの 14.KOYO証券
(東京地方裁判所平成27年5月28日,東京高等裁判所平成27年10月21日)
スマートCX取引を契機とした不招請勧誘により開始された商品先物取引について過失相殺を否定して損害の全部の賠償を命じたもの 15.第一商品
(東京高等裁判所平成25年3月28日判決,東京地方裁判所平成24年11月2日判決)
被害者の病歴を確認するべきであるとする指摘,平行して行わされていたFX取引と合わせて新規委託者保護義務違反を認めているところが有意である 16.第一商品
(東京地方裁判所平成22年10月29日判決,東京高等裁判所平成23年4月27日判決)
金現物取引に端を発する被害。過失相殺を2割にとどめている 17.岡藤商事
(東京地方裁判所平成24年3月1日判決,東京高等裁判所平成24年6月27日判決)
複数の先物取引の経験を有する壮年者について,借入を始めた後の取引について適合性原則違反を認め,取引の全体について客観的履歴から違法性を認めたもの 18.オプションズ(東京地方裁判所平成23年7月15日判決) 海外先物オプション取引被害事案。先物取引の経験を「被害の経験」であると評価して過失相殺に結びつけていない 19.Systematic Trading Solution(Japan)(東京地方裁判所平成20年5月30日判決) 海外先物取引被害事案 20.エー・シー・イー・インターナショナル(東京地方裁判所平成17年10月25日判決) 海外先物オプション取引被害事案。詳細な事実認定を基礎にして業者の体質自体に厳しい非難を向けている 21.小林洋行(東京地方裁判所平成17年12月20日判決) 被害に引き込まれている被害者の状況を正解し,過失相殺を2割にとどめている 22.オリオン交易(東京地方裁判所平成18年3月29日判決) 先物業者の訴訟追行態度に悪質さがにじみ出た事案。過失相殺を否定している 23.C&Pインデックス(東京地方裁判所平成17年3月4日判決) 海外先物オプション取引被害事案。業者の体質に厳しい非難を向けている 24.大起産業
(東京高等裁判所平成18年11月15日判決,東京地方裁判所平成18年6月5日判決)
自己以外の資金を用いて鞘取取引を開始させられた事案 25.バリオン(東京地方裁判所平成23年8月31日判決) 海外先物取引被害事案。管理担当者や初回入金までしか関与していない者に責任を認めている。先物取引の経験を「被害の経験」と位置付けて適合性原則違反を肯定する事情として評価している 26.カネツ商事
(東京地方裁判所平成19年7月23日判決,東京高等裁判所平成20年1月24日判決)
1審は過失相殺を否定したが,控訴審によって過失相殺がされた事例 27.PCSJ(東京地方裁判所平成22年10月26日判決) 海外先物取引被害事案。向かい玉に関する説明義務違反を認めている 28.日本インベストメントプラザ(東京地方裁判所平成21年6月25日判決) 海外先物取引被害事案についてのみ行為の違法性を認めたもの