5.ロマンス詐欺のマッチングアプリアカウント転売者の責任

 本件は、SNS型詐欺(ロマンス詐欺)事件について、マッチングアプリ(Yahooパートナー)のアカウントを氏名不詳の第三者に提供した者に対する損害賠償請求に対する判決である。道具提供者に対する責任追及の一類型であるが、珍しい責任追及の試みでもあろう。わずかな金銭のために犯行グループが匿名性を保って犯行を行いうるような犯罪ツールを提供することの社会全体にもたらす害悪に、国民全員が正しい想像力を巡らせなければこの種の犯行の終息はおぼつかない。
 本判決は、概要以下のとおり判示して被害者の請求を全部認容した。

(1)幇助行為該当性について
 本件アプリを利用するためには、本人確認を要する。本件詐欺の実行行為に及んだAは、自ら本件アプリのアカウントを登録して本人確認をすれば、当該アカウントから自身の存在が特定され得るところ、被告の本人確認がされた本件アカウントを用いることにより、本件詐欺の加害者として特定されることを困難にし、自身の存在を隠匿したものといえる。そうであれば、本件提供行為は、Aについて本件詐欺の加害者としての特定を困難にさせたものとして、本件詐欺の実行を促進し又は容易にさせたというべきである。また、本件アプリの利用に公的書類による本人確認を要することは、利用者の実在を担保し、本件アプリの利用者に安心感を与えるものとされる。そのため、原告において、本件アプリで知り合ったAを本人確認がされた実在の人物であるとみて、一定の安心感をもってAとやり取りを行ったことは無理からぬことといえる。そうであれば、本件提供行為は、原告に対し、Aの実在と勧誘された本件取引の安全性に対する誤信を生じさせた誘因となったものとして、本件詐欺の実行を促進し又は容易にさせたというべきである。被告は、本件詐欺が本件アプリを離れてLINEのやり取りの中でされた旨を主張する。確かに、本件証拠上、原告が本件アプリでAと本件取引に関するやり取りを行ったことを認めるに足りる証拠はない。しかし、本件提供行為により、Aについて加害者としての特定が困難になり、原告に対し本件取引の安全性に対する誤信を生じさせた誘因となったことに鑑みれば、被告の主張は当該認定を左右しない。

(2)故意又は過失について
 本件アプリは、真剣に交際相手を探す者を対象とするサービスであるとされ、本件アプリの性質上、利用者が第三者のアカウントを正当な目的をもって使用することは想定し難い。また、本件アプリは、その利用資格に照らせば、一般に、利用を希望する者であれば容易にアカウントを登録することができるといえるから、第三者からアカウントの提供を受けなければならない必要性は見いだし難い。そして、本件アプリの運営会社の規約では、第三者に対するIDやパスワードの開示や提供が禁止されている。加えて、本件詐欺の以前より、マッチングアプリが違法行為に悪用された事例に関する報道等がされている。以上に鑑みれば、本件アプリを利用しようとする者が第三者からアカウントの提供を受けることに合理的な理由があるとは考え難く、本件アプリのアカウントを第三者へ提供しようとする者は、これにより当該第三者が当該アカウントを違法行為に用いる可能性があることを予見することができるといえる。被告は、本件提供行為を行った理由について、本件アプリを利用する予定はなく、2000円で売却することができ、買い手側に良い相手が見付かればよいと思った旨述べるが、本件アカウントが違法行為に用いられる可能性に思い至らず、安易に本件提供行為に及んだといわざるを得ず、被告には少なくとも過失があると認められる。

(3)予見可能性・因果関係について
 本件提供行為によって具体的に本件詐欺が発生することまでは予見することができないとしても、本件アカウントを第三者へ提供すれば違法行為に用いられる可能性があることは予見することができるといえるから、予見可能性を欠くことはない。また、本件提供行為は、本件詐欺の実行を促進し又は容易にさせたというべきであるから、本件詐欺により原告が被った損害との間で因果関係を欠くことはない。

(4)過失相殺について
 本件詐欺の違法性の高さに鑑みれば、原告に過失があったとしても、被害者である原告の負担により損害賠償の額を減額することは公平の観点から適当であるとはいい難い。

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1. 特殊詐欺の口座提供者の責任
(東京地方裁判所令和6年9月27日判決)
特殊詐欺事案において、騙取金の送金先口座名義人に対して、犯行全体によって原告に生じた損害の賠償を命じた事例2. 口座提供行為者の責任の範囲
(東京地方裁判所令和6年6月6日判決)
特殊詐欺事案において、騙取金の送金先口座名義人に対して、犯行全体によって原告に生じた損害の賠償を命じた事例 3. 口座提供行為者の責任の範囲
(東京地方裁判所令和4年1月27日判決)
特殊詐欺事案において、騙取金の送金先口座の名義人の損害賠償責任を、口座への送金額に限定せず原告の被害全額について認めた事例 4.ミニッツカンパニー
(東京高等裁判所平成25年4月24日判決)
犯罪資金の連結関係のある口座名義人に犯行全体によって生じた損害の賠償を命じた事例 5.ロマンス詐欺のマッチングアプリアカウント転売者の責任
(東京地方裁判所令和6年12月20日判決)
特殊詐欺事案(ロマンス詐欺)において、マッチングアプリのアカウントを提供した者に対して、犯行全体によって原告に生じた損害の賠償を命じた事例