凍結預金に対する不当執行事案について

1 いわゆるSNS型投資詐欺事案において、犯行グループないしこれと意思を通じた者らが、凍結口座から強制執行を利用して凍結金を奪還する動きに立て続けに接したので、その概要を報告する。なお、本件については昨日から読売新聞が大きく取り上げている。
2 被騙取金の送金先口座からの資金移転先口座名義人(ベトナム人3名)を名宛人とする仮差押の申立、訴訟の提起、債権差押命令の申立をしていたところ、3つの口座について、同じ会社(2社。A社、B社)が競合者として現れた。A社が先行する差押命令の申立をし、B社は義務供託状態を作り出すために後行の債権差押命令を申立てていた。差押命令は、いずれも仮執行宣言付支払督促を債務名義とするものであった。A社が申立てた支払督促に記載された貸付額は、3名のベトナム人の口座の残高といずれも極めて近似する金額とされていた。A社が支払督促及び債権差押命令申立をした際に、申立書に記載されたベトナム人2名の住所は同一であり、いずれも住民登録はされていなかった。もう一人のベトナム人の住所にも登録はなかった。B社がした同申立においては、ベトナム人3名の住所がいずれも同一であり、しかもこの種詐欺商法における資金移転先であった会社(C社)の本店所在地と同一ですらあった。もちろんベトナム人3名とも住民登録されていなかった。また、支払督促事件の送達が不奏功となった後、A社が指定したベトナム人2名の就業場所は同一であり(訪問したが就業場所足りうる実態はなかった。)、もう1名の就業場所も就業場所足りうる実体はなかった。そもそも、ベトナム人3名はいずれも令和6年より前に出国して以降入国していないことも明らかとなった。支払督促正本・仮執行宣言付支払督促は、本人が受領したとされているものが複数あったが、各送達報告書の筆跡が明らかに異なっていた。
3 一人の被害者だけでこのような不当執行に立て続けに3件も接したことから、他の弁護士に情報を提供したところ、公正証書を用いたA社からの不当執行がなされた事案に接した。振込先口座名義人からの資金移転先としてC社・D社が登場するところ、D社の現在の代表者は、C社の前々代表者と同一人物であり、所在地が共通しており、C社の旧代表者はB社の旧代表者と同一人物であった。差押債権者はA社であり、差押えの債権者と債務者が同じ犯行グループであるという、人的関係が単純なあまりに大胆な態様で不当執行が敢行されていた。凍結金額と近似する1億3000万円の債務を負担している旨の公正証書が作成されて強制執行が行われ、銀行が不当執行を許してしまったため、供託され、その後配当手続に移行し、現に9900万円程度もの凍結金が不当執行によって現実に配当されてしまうという事態に陥ってしまったようであった。
 また、弊所の弁護士が担当した別の事件の記録から、A社が強制執行をして配当に与っていることが明らかになった事案があった(当時は単発の競合者として現れたものとしか認識し得なかった。)。
4 今回の不当執行は、貸金業者でもない(そもそもこの種詐欺自体における資金移転先口座名義人ないしその関係者であった)者らが、多額の債務を負担させるに足りる資力や信用があるとは到底考えられないベトナム人に対して、犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払い等に関する法律によって凍結された後の残高に極めて近接した金額を貸し付けたこととしていること(凍結金が高額であるもののみが正確に狙い撃ちされている)、債務者が我が国にいなかった時期に貸し付けをしたこととなっていること、全く無関係のベトナム人ら3名の住所地を同一のものとして支払督促の申立をしていること、意思を通じていたと思われる第三者に送達を受けさせていること、から、凍結預金から強制執行の形をとって違法な利得を得るべく、実体的に存在しない債権を偽装し、仮執行宣言付支払督促を騙取し、不当執行に至っていることが、およそ火を見るよりも明らかであった。
5 対抗手段として被害者が採りえた手続として、配当異議の訴えを提起することも考えられたが、この種事案における配当期日の指定は相当期間経過後になされるところ、本件のような不当執行の蔓延の芽は早期に摘み取る必要性が高いと考えたこと、配当異議の訴えは配当表の変更を原告の請求権の満足を受ける限度で求めることしかできず、配当異議の訴えを提起していない被害者との関係で不当執行者が不当な利益を保持することを許す結果となって不当執行の目的を完全に阻止することができないことから、債務者に代位して請求異議の訴えを提起することとした(管轄(土地管轄は専属管轄であるが事物管轄は任意管轄である)の関係上東京地裁と福岡地裁に提起した)。併せて強制執行停止決定の申立をし、福岡地裁は無担保で、東京地裁は1割の立担保をさせて速やかに強制執行停止決定がなされた。訴訟も円滑に進んでおり、早ければ3月にも判決が言い渡される可能性がある(B社は答弁書で「ダミー債権」による執行であることを認め、「請求異議の主張を受け入れる」と述べたが、請求異議訴訟においては請求の認諾は制度上できない。)。
6 本件不当執行に接し、全銀協に情報提供し、可能な対応を採ることを会員に周知されたい旨の書面を送付した。この不当執行はいくつかの問題を浮き彫りにした。銀行の被害者に対する情報提供のあり方がその一つである。被害者が速やかに仮差押なり差押えを競合させなければ、取立訴訟で銀行が対抗するには限界がある(取立訴訟の審理対象は極めて限定的である)。現に、銀行が取立訴訟への応訴に限界があると考えたからこそ銀行が私に不当執行事案であることを教示してくれたのである。そして、その前提として、本件の被害者の行動とそれに適切に対応した銀行の判断がなければ、そもそも当該3つの資金移転先を特定・探知することもできず、不当執行の問題も明るみに出ることもなく、知らぬ間に犯行グループが凍結預金を不当に奪還する動きを阻止し得なかったのである。不当執行に対してはいくつかの対抗手段があるが、銀行による債務者の同一性確認(住民票がない場所で第三者に受領させるのであるから、公的書類によって同一性を証明させることは不可能である。)を厳格にするというのが最も現実的であろうと考えられる。くれぐれも、被害者であろうと個別執行を一切許さなくすればよいという方向に議論が進むことのないように願いたい。そのような議論は、様々な意味で、狭隘な視野に立つ全く不見識なものである。不当執行はこれまでも試みられ、凍結金に対するもののみが存在したわけではない。犯罪利用口座に対する積極的な凍結要請は犯行グループから犯罪ツールを奪う大きな手段であるが、被害者からその積極性を奪う方向の議論は、犯行グループを利するだけである。
7 この点は本当に重要なことなので、敷衍しておく。凍結預金に対する個別執行を、「早い者勝ち」であるとして非難する議論は著しく危険なものであり、このことは正しく理解されなければならない。犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(以下「法」という。)第4条2項1号の「(凍結)預金口座等についてこれに係る預金等の払戻しを求める訴え」があったときには、銀行等は預金保険機構に対し、対象預金口座に係る債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めないこととされ、すでに預金保険機構に通知を行っている場合には、法第5条1項5号、同第6条1項に基づき、同機構に対し、上記訴えの提起があった旨を通知することになり、権利消滅手続が終了することとなるとされている。このような法の構造からして、法的手続がなされた場合には、凍結・失権手続という簡易な手続によらず、法的手続の帰趨に委ねる趣旨であることはおよそ明らかである。そもそも、代位債権者による払戻請求は、法施行以前の裁判実務でも認められてきたものであるところ、法の施行によって被害救済方法が失われるというのはおかしなことであって、上記法の構造からみられる同法の趣旨に照らしても個別執行自体を禁じるのは無理があり、適切でもない。そもそも法は、当時唯一の類似立法であった遺失物法の発想を流用した法律であり、誰も法的な手続で回収しない場合に(限り)、簡易な手続で配ることが正当化されうるという理解を根本的な基礎としているものである。法的な手続による被害回復をこのような趣旨の法律が制限するなどと言うことは理屈として破綻しているというほかない。
 「早い者」はどんな苦労をして「早い者」になっているか、なかなか想到していただくのは難しかろう。「早い者」は自らの費用と労力など、様々な負担をして真摯に自らの被害回復を希求する者である。その希求は、犯行グループをより深く追及する力の源泉となる。「早い者」は「強い者」(となろうと自ら努力する者)と同義である。現に本件の被害者は、資金の移転先に対する損害賠償等請求訴訟を複数提起しているのであるが、そうした者の活動の継続によってしか、犯罪組織が得る犯罪収益を減じさせ、被害自体を減じさせていく道筋をつけることはできない。速やかな凍結手続や他行への通知は煩瑣を伴う。銀行としてはできればしたくない事柄であるかもしれない。銀行間では(できるだけ煩瑣に巻き込まれない)「遅い者勝ち」に堕ちるだろう。本件のような特殊詐欺の救済・撲滅が国家的課題にまでになっている現在において、本件の被害者は、被騙取金送金先口座のみではなく、様々な方法により探知・特定した資金移転先について、精査した結果資金移転業を営んでいると考えられるものなどを除外する作業を経て、順次凍結申請を行ったが、その数は実に150にも上る。近時この種詐欺の犯行等に用いられる口座を統括するマネーロンダリンググループが摘発されたとの報道によれば、マネーロンダリンググループは、約4000の口座を支配下に置いていたとのことである。4000と150を比較して、多いか少ないかの評価は分かれるだろうけれども、確実に犯行グループの力を削ぐことができたことは間違いない。こうした法律上の手続を着実に踏んでいくことこそが、この種犯行を根絶する唯一の道程であると、私は常々考えている。詐欺商法が跋扈するたびに、犯行の方法に着目した法整備は、今までも多くなされてきた(海外先物取引法や金融先物取引法の改正など)。しかしながら、そういった方法では、特定の手法を駆逐することはできても、「適当なことを言って金を奪っていく」犯行全体を減少させる効果はなく、現に、詐欺被害は年々増加の一途をたどるばかりとなっている。これに抗するには、犯罪ツール(通信手段と資金移転手段)の利用が犯行グループにとって困難となり、あるいはペイしないという状態にまで持って行くしかない。これは本来であれば金融機関が積極的に行うべき事柄であり、法令も金融機関にそれを期待し、あるいは義務付けている。しかし、残念ながら現状では煩瑣を圧して積極的に犯罪を撲滅しようとする金融機関は必ずしも多くない(預金保険機構に資金移転先が公告される例が極めて少ないことがそのことを如実に物語っている)。そうすると、被害に遭った私人の力を積み上げていくほかない。本件の被害者も力の乏しい一私人であるが、その被害回復のために資金移転先を特定・探知する努力をし、資金移転先が判明すればさらに同人らに損害賠償請求をすることによって被害回復を十分ならしめることを志向している。このような努力こそが、本件の被害者の被害回復につながるのみでなく、犯行グループから犯罪ツールをより多く奪っていく、正しい行為であると確信する。