債務名義(確定判決など)を有する債権者は,債務者の不動産に対して強制執行をすることにより債権の回収をすることができるので,通常は債務者が有する不動産に対して仮差押をする必要性はありません。
しかし,対象不動産について抵当権を設定している金融機関がいる場合,債権者は強制執行をしたとしても,対象不動産の価値が金融機関が有する優先債権の額を上回らなければ回収ができないので,このような場合には,不動産に対する強制執行は取り消されてしまいます(いわゆる無剰余取消)。
無剰余取消の制度趣旨は,優先債権者に劣後し強制執行による回収ができない債権者に対して強制執行の申立てを認める必要はないという見解に基づいており,その趣旨自体は理に適っています。しかし,その判断基準は,下記のとおりとなっていて,本来強制執行による回収を受けられる債権者であっても,無剰余取消となってしまうケースがあります。
民事執行法63条1項2号は,無剰余通知をする基準として
「優先債権がある場合において、不動産の買受可能価額が手続費用及び優先債権の見込額の合計額に満たないとき。」
と定めています。
ここにいう「買受可能価格」は民事執行法60条3項により
「買受けの申出の額は、売却基準価額からその十分の二に相当する額を控除した価額(以下「買受可能価額」という。)以上でなければならない。」
と定められています。
同条にいう「売却基準価格」については,従来「正常価格説(一般の取引市場において形成される価格)」と,「適正価格説(競売による落札価格を前提とする)」という2つの考え方がありますが,現在の実務は「適正価格説」に基づいて運用されており,「売却基準価格」は一般の不動産取引価格と比較して低廉に定められています。
したがいまして,具体例を挙げれば,一般取引市場の価格が5000万円という不動産を債務者が所有しており,優先債権が4000万円存在する場合,本来であれば債権者は強制執行により1000万円の回収をすることができますが,民事執行法に基づく強制執行では,市場価格5000万円の不動産の売却基準価格は,競売減価により4000万円と評価され(例示です。),そうすると買受可能価格は3200万円となりますので(売却基準価格×0.8),買受可能価格(3200万円)が優先債権額(4000万円)を超えず,強制執行は無剰余取消となります。
このような不条理な結果を招かないよう,民事執行法では,自ら不動産を買い受ける旨の申し出を行い,あるいは保証の提供を行えば,競売手続を行うことができるようになっていますが,資産状況によりこのような手続きが取れない一般債権者がいることは容易に想像ができます。
さて,このような場合に,債権者は,対象不動産の仮差押をすることができるでしょうか。
この点に関する裁判例をみると,平成20年4月25日東京高裁の決定は仮差押を認めず,平成20年10月14日名古屋高裁の決定は仮差押を認めています(金融・商事判例NO.1323)。
※なお,必ずしも事案が同一でないので,結論だけを見て単純な比較をすることは妥当ではないかもしれません。
しかし,上記の具体例のような事案において仮差押を認めなければ,債務者は直ちに不動産を売却し,優先債権者に支払った残額の1000万円を費消してしまうおそれが強くありますので,保全の必要性は相当に高いと思います。
先日,実際に上記具体例のような事案に接し,強制執行の結果無剰余取消となったことから,上記保全の必要性について論じたうえ,対象不動産について仮差押命令の申立てを行いました。保全面接時に,裁判官も肯定・否定の両裁判例があることを理解しており,「検討しますのでしばらく時間をください」と言っていましたが,このたび無事発令がされることになりました。
このように,債務名義を有する者であっても,仮差押という保全手続をとることができる事案が存在します。
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