「デリバティブ取引が刑法上の賭博罪に該当するか」という論点があります。もちろん古くから議論がされている論点ではありますが,最近でもFX市場で将来の相場の騰落を二者択一で選ぶ「バイナリーオプション」という商品をめぐりその賭博性の高さが問題視されていますので,この問題を過去の議論であると片づけてしまうわけにはいきません。
刑法上の「賭博」とは,「偶然の勝敗により財物や財産上の利益の得喪を争う行為」とされており,例えばオプション取引であれば,将来の一定時点における原資産の数値により契約上の義務の額・数量等が決定されることから,少なくとも形式上は「賭博」に該当します。
「賭博」であるとすれば(あるいは「賭博性」が高いとすれば),当該デリバティブ取引は,公序良俗に反する法律行為(民法90条)であるとして無効となる可能性があり,あるいは,賭博性の高い取引の勧誘が適合性原則に反する違法勧誘とされる可能性もあるので,民事効の視点からも重要な問題を含んでいます。
しかし,上記のようにデリバティブ取引が形式上「賭博」に該当するとしても,デリバティブ取引に社会的な正当性があれば,違法性は阻却されなければなりません。
では,どのような場合に社会的な正当性が存在するといえるのでしょうか。
上場個別株オプションを例にとると,原資産である個別株を有する者は,個別株オプション市場においてプットオプションを買うことにより,個別株の株価下落のリスクをヘッジすることができるので,その意味で上場個別株オプションは社会的有用性があるといえます。また,上場オプション取引においては,投資家の予想はプレミアムに集約・公表され,インプライド・ボラティリティが公表され,機関投資家等による裁定取引が行われ,約定後の転売も容易であるなど,透明性や流動性が確保され,公正な取引が行われる環境が一応整備されており,オプション取引の社会的正当性が一定のルールの下で担保されています。
では,仕組債に組み込まれている店頭オプションはどうでしょうか。そもそも,仕組債購入者にはヘッジ目的が存在しません。また,仕組債に組み込まれた店頭オプションは市場性がありませんので,購入者は相場情報を得ることができず,その価格の妥当性を検証することは困難です。購入者は約定後満期償還時まで長期間拘束されるにも関わらず,市場で自由に売却をすることはできず,売却をしようとすれば相手方に買い取ってもらうしかありません。しかし,そもそも発行体は中途売却に応じない場合があり,中途売却に応じる場合でも,その売却価格は相手方が提示する価格に拘束され,その売却価格の妥当性を検討することも困難であるという特徴があります。
さて,このような複雑な店頭オプションが組み込まれた仕組債を上場オプション取引の経験すらない一般投資家に販売することに社会的正当性が認められるでしょうか。私は,この点について強い疑問を持っており,デリバティブの取引経験がない一般投資家に対して十分な理解をさせないまま複雑な店頭オプションが組み込まれた仕組債を販売する行為は,社会的相当性を欠いた「賭博」を行わせるものと考えます。