預金債権の差押えにおける取扱支店の特定の要否(2)

(続き)
2 検討
(1)預金債権差押命令の申立にあたっては,差押債権が申立書(差押債権目録を含む)に記載された債権の表示から,他の債権と混同することなく差押債権との同一性を識別することが可能である程度に特定されることを要し,これがなされていない場合には民事執行規則133条2項にいう「特定」を欠くものとして却下を免れ得ない。
 また,預金債権差押命令申立においては,銀行にあまりに過度の負担を負わせることは相当ではないから,そのような場合にも申立が却下されることとなるのはやむを得ない。
 そして,民事執行規則133条2項の他にどの程度差押債権を特定すべきかについての定めはないから,どの程度に差押債権を特定すべきかについては,上記規定の制度趣旨及び当該債権の給付内容や性質に照らして,債権の種類ごとに判断するほかはないところ,この点は,「一般的には,差押債権の表示を合理的に解釈した結果に基づき,しかも,第三債務者において格別の負担を伴わずに調査することによって当該債権を他の債権と誤認混同することなく認識し得る程度に明確に表示されることを要する」という一般的な規範がほとんど異論なく受入れられているところである。
 もっとも,この要請を満たしているか否かを具体的に検討するにあたっては,民事執行手続それ自体が紛争の直接の関係者ではない第三債務者の存在及びその第三債務者に一定程度の手続的煩瑣及び二重払いの危険等を負担させることをやむを得ないものとして予定していることに正しい理解を及ぼさなければならない。ここで「格別の負担」というのは,「銀行が行う通常業務の範囲」を超える負担をさせないという意味ではなく,我が国が強制執行手続を法制度として構築していること,その機能不全は財産の帰属・移転秩序を根幹から危うくすることになること,銀行は預金債権が人の財産の保有の態様として大きな位置を占める状況の下で特別の許可を得て銀行業務を行い利益を得ている存在であること,差押えの効力が法律上「直ちに」生じるとはいっても債権差押手続は人間が行う作業である以上,いずれにせよ多少の時間がかかることは当然に予定されていること,二重払いの抽象的危険は預金債権の差押に固有の問題ではないこと,二重払いの現実的危険は必ずしも第三債務者に負担させられることにはならないこと,差押命令が送達された場合にその手続に要する合理的な時間内であれば銀行が預金債権者に対して支払を停止することとなったとしても直ちに銀行が債務不履行責任を負うとはいうべきでないこと,などが総合的に検討されるべきであり,さらには,預金取引に関するコンピューターシステムの進歩の状況を適切に把握し,強制執行手続きを実効あらしめるために金融機関が策定しうる約款にはどのようなものが考えられるか,払戻手続を巡る紛争の公平な解決のために債権の準占有者に対する弁済に関する民法の規定の適用などの採用しうる法律構成をも総合的に検討し,「差押債権を社会通念上合理的と考えられる時間と手続的負担等の範囲内で確定することができるか」という支店から検討されなければならない。(続く)(荒井哲朗)