(続き)
2 今回の判決のいうところは,要するに,従前しばしば見られた,「反射的利益論」と結局は同じことである。しかし,「反射的」であるかそうでないかというのは結論を導く理由となるものではない。「反射的」なものであろうとなかろうと,不法行為法上の保護を与えられるべきかどうかという問題は,なお問題として残るのであり,「反射的利益」であるから要保護性がないというのは,結局,何も理由を示していないに等しい(今回の判決もそうである。)。
3 民事訴訟制度は,裁判を受ける権利を保障された国民が,国によって自力救済を禁じられることを甘受する一方で,その権利・利益の侵害から保護されるための不可欠の制度として存在するのであり,民事訴訟手続が適切有効に機能するために法律が定めた制度への適切な応答による利益が,当事者にとって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,法律上保護された利益でないというのは正しい理解であるとは考えられない。言葉を変えると,民事訴訟制度は,法秩序を維持するのみならず,私人間の紛争解決をも目的とする制度であって,この点で,刑事訴訟などの専ら公益を目的とする制度とは異なる。民事訴訟の当事者は,民事訴訟を通じて,自らに関する紛争を解決することが法律上保障されており,民事訴訟法その他の法律は,このような民事訴訟の目的を達成するため,当事者に対し情報・証拠等の収集・利用の機会を与える一方で情報・証拠等を保持する第三者に対して回答を義務付けているのである。
4 ところで,「反射的利益論」というのは,判例上最判平成2年2月20日が,「犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は,国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって,犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではないから,被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は,公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,法律上保護された利益ではないというべきである。」と判示しているところに現れていると見るのだろうと思われるが,これを推し進めて,「民事訴訟等手続は民事的紛争の解決を求める当事者の利益を離れて,司法権限の発動という公益のために存在し,訴訟当事者がそこで紛争を解決する利益は反射的にもたらされる事実上の利益にすぎない」,などとはやはりどうしてもいえないだろう。
調査嘱託に対する理由のない回答に対して真っ先に「怒る」べき民事裁判所が,何故に本件において不法行為の成立を否定しようとするのか,理解しがたい。
5 「調査嘱託に対する回答を享受する利益」は,民事司法手続を自らの権利実現・利益擁護のために利用する一般国民にとって重要なものであり,決して軽んずられるべきものではない。不当な回答拒否からは,不法行為法による保護を受けられるべき,「利益」があることは明らかである。民事訴訟制度の目的,民訴法の目的,調査嘱託制度の目的,回答拒否による訴訟当事者の現実の不利益。どの角度から見ても,私人である被害者の利益が違法に害されていることは明らかである。
今回の判決はこの点の理解を誤るものとして是認できない。
(続く)