預金債権の執行について,差押命令送達の日から3営業日の間に発生する(増加する)預金部分について包括的差押命令が発せられた事例
預金債権の差押えは,差押命令が第三債務者である銀行に送達された一時点に存在する預金にしか及ばない態様で発令されるのが通例である。差押命令が午前11時に送達された場合には,午前10時に送金がされたものであっても10時30分に引き出されてしまえば差し押えられないし,11時10分に送金されても差押えの対象にはならない。そこで,預金口座から頻繁に出金手続を繰り返すことで,強制執行を免れ続けながら預金口座を使い続けることが可能となっており,預金差押手続が無力化し,預金という現在の最も一般的といって良い財産保有の形態について差押手続が機能しないという極めて懸念するべき事態が生じている。預金に対する差押手続のこのような機能不全は,預金口座を犯罪ツールとして利用する経済犯罪の被害回復を著しく困難なものとし,この種犯罪の蔓延の一因ともなっている。
「差押命令送達の時から一定期間(近時試みられたのは3営業日の間)に発生する(増加する)預金部分についての包括的差押命令」が可能となれば,この点の問題が解消され,預金執行の奏功可能性は飛躍的に高まるものと考えられた。そこで,流動性預金の法的性質などを論じて,この種の申立てを試みたことがある。
その結果,平成21年に立て続けに発令例が現われた(奈良地方裁判所平成21年3月5日決定,高松地方裁判所観音寺支部平成21年3月25日決定)。また,その後,仮差押としての発令例も見られるようになっている。
このような差押が許容されることとなれば,預金執行の奏功可能性は飛躍的に高まる。議論の高まりが期待されたが,東京高決平成20年11月7日金法1865号50頁・判タ1290号304頁は金融機関の煩瑣の問題を過大に取り上げて差押債権の「特定性」の問題に安易に堕としてしまっており,残念である。もっとも,特定の口座への入金を停止せずに出金のみを停止しつつ入金状況を自動的に監視し,一定の金額を超えた後は,その超える部分のみの出金を自動的に可能にする等の銀行のシステムが構築されたり(現在すでに構築されているものと考えられるがその点の議論を措くとして),差押命令に対応するために必要な時間は預金の出金が遅延することによる債務不履行責任を銀行が負わない旨の約款が整備されるなどにより,将来の預金の差押えが金融機関に不当に過大な負担を強いるものとはならないものと評価されるに至ることは十分に予測されるところであり,そのような場合に将来の預金債権の差押えの効力を否定する理由はない。同高決も「社会通念及び現在の銀行実務に照らすと」という前提を置いており,将来の状況の変化によってはこの種差押命令の申立でも差押債権の特定が認められ得ることを否定する趣旨ではないと考えられる。
本件のような申立は抽象的な理由で排斥されることが多いが,それは預金債権差押命令手続の実効性を裁判所が率先して奪うに等しく,民事執行手続が時代に即したものとして奏功可能性を高めていくことを不当に害することになるとの非難を向けざるを得ない。銀行から執行抗告がなされたときにはじめて,銀行に具体的主張立証をさせたうえで裁判所が判断するのが正しいありようであると思われる。
本件各決定例を契機として持続的に議論・工夫がなされることを期待したい。
なお,最三小判平成24年7月24日金融・商事判例1397号8頁(普通預金債権のうち差押命令送達時後同送達の日から起算して1年が経過するまでの入金によって生ずることとなる部分を差押債権として表示した債権差押命令の申立てが,差押債権の特定を欠き不適法であるとされた事例)によっても,今後の銀行実務の変化等によってはこの種差押命令の申立が許容され得る余地はあるものと解される。
決定PDF 奈良地方裁判所平成21年3月5日決定
⇒消費者法ニュース79号200頁・330頁
⇒被害回復151頁
決定PDF 高松地方裁判所観音寺支部平成21年3月25日決定
⇒消費者法ニュース80号347頁
⇒被害回復155頁
決定PDF 東京高等裁判所平成20年11月7日決定
⇒金融法務事情1865号50頁
⇒判例タイムズ1290号304頁
⇒判タ平成21年度主要民事判例
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(東京地方裁判所平成24年5月22日判決,東京高等裁判所平成24年10月24日判決) 3.保険証券番号不特定執行
(東京高等裁判所平成22年9月8日決定) 4.仮装離婚と財産分与の虚偽表示による無効・債権者代位による不動産移転登記抹消登記手続請求
(東京地方裁判所平成25年9月2日判決,東京高等裁判所平成26年3月18日判決) 詐欺的業者の首謀者が妻との離婚を仮装して財産分与をした事案について,離婚及び財産分与は通謀虚偽表示により無効であるとして債権者代位により居宅不動産の所有権移転登記抹消登記手続請求を認容した事例 5.預金にかかる第三者異議訴訟
(東京高等裁判所令和元年11月20日判決,東京地方裁判所令和元年6月26日判決)第三者異議訴訟において預金が名義人に帰属すると判断された事例 6.判決確定後の被告の住所判明と更正決定
(東京地方裁判所令和元年11月28日決定)判決確定後に被告の住所が判明した場合にこれを併記した更正決定例 7.訴えの提起における当事者の特定・住所地の記載されていない債務名義の強制執行の方法等
(東京高等裁判所平成21年12月25日判決ほか) 8.詐欺商法業者の代理人弁護士の預かり金に対する強制執行を認めた事例
(東京地判平成29年7月25日,東京高判平成30年2月21日) 9.金融商品取引業者と取引履歴の開示
(東京地方裁判所平成20年9月12日決定ほか) 10.詐欺的取引と裁判管轄(移送の可否)
(東京高等裁判所平成23年6月1日決定) 11.支店不特定執行
(東京高等裁判所平成23年3月30日決定ほか) 12.支店不特定執行(2)
(東京高等裁判所平成26年6月3日決定) 13.預金債権の時間的包括的執行
(奈良地方裁判所平成21年3月5日決定) 14.詐害行為取消訴訟
(山形地方裁判所平成19年3月9日判決)