11.支店不特定執行

(東京高等裁判所平成23年3月30日決定ほか)

 預金債権の差押命令申立にあたって差押債権の表示に「複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順序による」旨の記載をして差押債権を特定する方法の可否(積極)

 預金債権の差押命令の申立に当たっては,取扱店舗を特定(限定)しなければならないとするのが実務の基本的取扱であり,複数の支店を限定列挙する方式を認めた決定例はいくつか見られるものの少数にとどまっており,全店無限定列挙方式(全取扱本支店を本支店番号の順位で順位付けをして「特定」する方式)を許容した決定例は皆無であった。しかしながら,支店を限定する執行は差押債権者に著しく大きな不利益をもたらす。

 少しでも不利益を軽減させるために,預金契約の存否さえも不明な取扱店舗を盲目的に選んで「割り付け」をして執行手続を行うなどといういかにも不健全な運用が実務上一般的に行われてさえいるが,そもそも,本店支店の関係にすぎないのに預金債権のみ支店毎に分断する運用が維持されるべきというのであれば,それは,著しく発達した預金管理システムのもとでもなお負担が過大である旨の主張立証が銀行から不断になされなければならないだろう。そうして始めて議論がかみ合い,深まり,実務が実情に即したものとなりうる。そのような状況を欠いている以上,支店の特定(限定)を求める実務のあり方には正当性に乏しいように感じられた。

 電子的記録によって預金が管理され,コンピューター上で預金口座に関する出入金情報が管理されているということは,およそ,常識に属する事柄である。いわゆる金月処理スキームやCIFの詳細を検討するまでもなく,本店で名寄せができないなどということはおよそ想定しがたいものといわなければならない。銀行を第三債務者として取扱支店を限定(特定)せずにする預金債権差押命令の申立は一般的に許容されるべきものであるし,この種の申立に円滑に対応するために望ましい検索事項として挙げられることが多かったという「生年月日」,「読み仮名」を「住所」・「氏名」に加えて一義的に特定している場合にはなおさらである。さらに,予め債権者において債権者が債務名義を有すること及び預金債権差押命令申立のために必要もしくは有用であるとし,回答がなされない場合には取扱支店を限定(特定)しないでする預金差押命令の申立をする旨記載して債務者の預金口座の存否及び取扱支店等について弁護士法23条の2に基づく照会がなされたにもかかわらず,第三債務者があえて強制執行手続を不能にするに等しい債務者の同意などを求めることによって事実上これに違法に回答しないことから取扱支店が限定(特定)されていないような場合には,「特定」を要求する趣旨である「公平」の観点に今一度立ち返って考えれば,差押債権の特定に欠けるというべきではない。
 このような考えに立って実務の変容を迫るべく,平成22年8月からこの論点への取り組みを始め,静岡地下田支決平成22年8月26日が我が国で初めて全店無限定列挙方式を許容したのを皮切りに,同旨決定例が地裁レベルで散見されるようになり,平成23年に入ると,高裁レベルでも同旨判断が相次いで示されるようになった。

 CIFシステム等のみを指摘してする発令には,若干の抵抗感が持たれないではない。システムの詳細は必ずしも外部からは分らないのであるし,それが差押手続との関係で用いられたときにどのような負担を金融機関に強いることとなるのかという点には,まだ不透明なところがあるとも思われないではないのである。CIFなどを云々するのみでは,そこで検索されない預金はどうなるのかという問題も生じる。そこで,まずは,「公平の観点からの特定性の要求」というところに着眼して,ふりがなや生年月日の記載と特定との関係を指摘したり,23条照会を先行させて取扱支店を限定できないことの「責任」の所在を明らかにするなどして,価値考量としても異論のない判断が積み上げられていくのが望ましいと考えたのである。このような観点から,東京高決平成23年3月30日は,決定理由として最も望ましいものと考えていた。

 この論点については,高裁の決定例が分かれ,最高裁判所への抗告を許可する決定が複数なされた。最高裁判所が熟した,かつ,申立てをめぐる様々な事情の差異や今後の事情の変化の可能性等に深く配慮した判断を示すことが強く期待されたが,当職らが担当した許可抗告審の決定2例(最三小決平成23年9月20日,平成23年(許)第28号,同37号)は,いずれもただ執行抗告を棄却した原審の判断を正当として是認することができるとのみいうものであり,その理由は何ら付されていないものであった。この論点についてこのような判断しか示されないことには失意を禁じ得ず(他の同種事案についても23条照会との関係などに言及するような熟した理由は付されていない。),この感覚は多くの実務家に共有されうるものと思われる。執行法制の抜本的な改革を必要とする状況に至っているものと考えられる。

 もっとも,法制度の抜本的な改革の試みと平行して,異なった観点から異なった手続を経ることにより,支店の特定ないしはこれと同様の事実上の効果を得ることを試みるなどしており,これらには一定の成果を見ているものがある。

決定PDFAdobe_PDF_Icon1.svg 東京高裁平成23年3月30日決定
⇒金融・商事判例1365号40頁
⇒金融法務事情1922号92頁

決定PDFAdobe_PDF_Icon1.svg 静岡地裁下田支部平成22年8月26日決定
⇒金融法務事情1913号6頁
⇒消費者法ニュース86号289頁
⇒先物取引被害全国研究会編「詐欺的金融商品取引業者からの現実的な被害回復に向けて」
(以下,「被害回復」)199頁

決定PDFAdobe_PDF_Icon1.svg 水戸地裁龍ヶ崎支部平成22年9月28日決定
⇒金融法務事情1913号7頁
⇒被害回復222頁

PDFAdobe_PDF_Icon1.svgPDF意見書:取扱支店の特定をしないでする預金差押命令が発令されるべきことについて

決定PDFAdobe_PDF_Icon1.svg 東京高等裁判所平成17年6月7日決定
⇒金融・商事判例1227号48頁
かつての却下例。当時の判例解釈の状況は現在とはまさに隔世の感がある

決定PDFAdobe_PDF_Icon1.svg 最高裁判所平成23年9月20日決定(同庁平成23年(許)第28号)
⇒金融法務事情1931号35頁
⇒金融・商事判例1376号26頁

決定PDFAdobe_PDF_Icon1.svg 最高裁判所平成23年9月20日決定(同庁平成23年(許)第37号)
⇒金融法務事情1931号35頁
⇒金融・商事判例1376号29頁

 いずれもただ執行抗告を棄却した原審の判断を正当として是認することができるとのみいうものであり,その理由は何ら付されていない。同日付の別の決定((許)第34号)は,預金検索との関係について一定の説示をするものの,補足意見を含め,債権の特定が公平の観点から求められるものであること,23条照会に応答しないことから負担が増加するとしてもそれは自ら自招した結果であるというべきではないかと考えられることについては,何らの説示もしていない。下級審実務はいったんこの種申立を否定する方向に向かうことになろうが,この論点についてこのような判断しか示されなかったことには,この1年で盛り上がりを見せた動きの原動力となった問題意識に正しく想到されないまま(あるいは,これを理解した上であえて)いわば「お茶を濁す」ような判断がなされたように感じ,失意を禁じ得ない。一連の下級審決定群によって示された問題意識が広く共有され,実務の取扱いが現状に即したものに変容されていくことを期待したい。

1.弁護士会照会に対する報告義務
(東京高等裁判所平成22年9月29日判決ほか)
2.ソフトバンクモバイルの調査嘱託に対する回答拒否事件
(東京地方裁判所平成24年5月22日判決,東京高等裁判所平成24年10月24日判決)
3.保険証券番号不特定執行
(東京高等裁判所平成22年9月8日決定)
4.仮装離婚と財産分与の虚偽表示による無効・債権者代位による不動産移転登記抹消登記手続請求
(東京地方裁判所平成25年9月2日判決,東京高等裁判所平成26年3月18日判決)
詐欺的業者の首謀者が妻との離婚を仮装して財産分与をした事案について,離婚及び財産分与は通謀虚偽表示により無効であるとして債権者代位により居宅不動産の所有権移転登記抹消登記手続請求を認容した事例 5.預金にかかる第三者異議訴訟
(東京高等裁判所令和元年11月20日判決,東京地方裁判所令和元年6月26日判決)
第三者異議訴訟において預金が名義人に帰属すると判断された事例 6.判決確定後の被告の住所判明と更正決定
(東京地方裁判所令和元年11月28日決定)
判決確定後に被告の住所が判明した場合にこれを併記した更正決定例 7.訴えの提起における当事者の特定・住所地の記載されていない債務名義の強制執行の方法等
(東京高等裁判所平成21年12月25日判決ほか)
8.詐欺商法業者の代理人弁護士の預かり金に対する強制執行を認めた事例
(東京地判平成29年7月25日,東京高判平成30年2月21日)
9.金融商品取引業者と取引履歴の開示
(東京地方裁判所平成20年9月12日決定ほか)
10.詐欺的取引と裁判管轄(移送の可否)
(東京高等裁判所平成23年6月1日決定)
11.支店不特定執行
(東京高等裁判所平成23年3月30日決定ほか)
12.支店不特定執行(2)
(東京高等裁判所平成26年6月3日決定)
13.預金債権の時間的包括的執行
(奈良地方裁判所平成21年3月5日決定)
14.詐害行為取消訴訟
(山形地方裁判所平成19年3月9日判決)