静岡銀行の子会社である静銀ティーエム証券が,当時81歳の高齢者(年金生活者)に対して,その保有資産の大部分を占める6990万円を,一括してリスク性向の高いノックイン型投資信託に投資するように勧誘した事案について,説明義務違反を認めて損害賠償請求を認容した事例
年金生活を送っていた一人暮らしの高齢の男性が,静岡銀行の紹介で同銀行の子会社である被告証券会社において平成17年に口座を開設して,ノックイン型投資信託を勧誘されて購入し,これが平成19年1月に繰り上げ償還された後,同年3月(当時81歳)にもノックイン型投信判決を勧誘されてこれを代金6990万円で購入したが,その後の日経平均株価の下落によって大きな損害が生じた。
この2回目の投資信託購入の直後に脳梗塞で倒れ,成年後見が開始されるに至っており,そのため本訴訟は成年後見人を代理人として提起した。
訴え提起に先立ってした証拠保全手続によって保全できた本件取引にかかる注文伝票の作成日付が本人が脳梗塞で意識を失った後であったことから,主位的には無断買付を主張し,予備的に不法行為に基づく損害賠償を求めたところ,本判決は後者を容れて被告証券会社の損害賠償責任を認めた。
本件投資信託の投資対象は債券に日経平均オプションを組み合わせた仕組債で,日経平均株価のプット・オプションを売ることによって得られるプレミアムから分配金が支払われる仕組みとなっており,償還までの期間は5年で,日経平均株価の推移によっては早期償還され,早期償還されない場合には,日経平均株価が購入時の当初株価の65%(これが「ワンタッチ水準」と呼ばれるものである)以上ならば償還日に元本全額が償還されるが,一度でも65%を超えた下落があれば,償還時の下落割合に応じた元本割れの損失が生じるというものであった。なお,早期償還がなく5年間保有した場合の分配金合計は,元本の6.06%と予定されていた。
本判決は,本件投資信託につき,株価の下落率に応じた損失が発生し得ることと,株価が上昇しても分配金を超える利益を得られないことを指摘した上で,「日経平均株価が一定の時点から5年間に35%下落する確率は平均約59%であったことからすると,株価観測期間中にワンタッチ水準を下回る可能性は低いとはいえないし,また,当初株価から最終株価への下落率が大きくなる可能性も低いとはいえない。そうすると,本件投資信託は,得られる可能性のある利益は分配金の限度であるのに対し,その利益にとどまらない損失を被る可能性のあるものであり,また,損失を被る可能性は低いとはいえず,被る可能性のある損失も小さいとはいえないものであって,リスク性の高い投資商品であるということができる。また,本件投資信託の仕組みは複雑であり,必ずしも理解が容易なものとは言い難いし,日経平均株価が5年間の株式観測期間中にワンタッチ水準を一度でも下回り,更に最終株価が当初株価より下回ることによって,元本が確保されない結果となる可能性がどの程度あるのか,その場合にどの程度の損失を被る可能性があるのか,そのようなリスクは得られる可能性のある利益と見合っているといえるのかということについて,判断することは容易ではない。」と判示し,原告には年相応の判断能力の衰えがあったこと,最初の投資信託の購入まではかつての勤務先の株式以外には預金や国債を保有していたに過ぎず,本件投資信託のような商品についての十分な経験があったとはいえず,元本が大きく毀損されるリスクを取ってでも利益を得たいというほどの積極的な投資意向を有していたともいえないこと,最初の投資信託についてもわずかな期間のうちに国債に投資していた資金6700万円全額を集中的に投資していることからしてそのリスク等を十分理解していなかったと推認できること,などから,本件投資信託についての原告の適性は低かったと判示した。
その上で,本判決は,本件投資信託購入時にも勧誘を受けて直ちに6990万円を本件投資信託に集中投資することが決められていることなどから,原告は本件投資信託のリスク等を十分に理解していなかったとし,さらに,担当社員は日経平均株価がワンタッチ水準を下回る確率を何ら説明していなかったこと,高齢者に関しては家族の同意が必要とされていた被告証券会社の内部規則との関係についても,担当社員が顧客の家族に具体的な投資信託の内容及びその金額を説明したとは考え難いことを指摘し,「本件投資信託に関する一応の説明をしたことがうかがわれるとしても,担当社員は,原告に対し,原告の投資経験,知識,理解力に応じ,原告が自己責任で本件投資信託の取引を行うことができる程度に十分に説明しなかったし,被告内部において高齢者との取引を慎重に行うべきものとしているにもかかわらず,本件投資信託の取引においてはそれが履践されていなかったものと推認することができる。」として,不法行為に基づく損害賠償請求を認容した(過失相殺4割)。
近時,デリバティブが組み込まれた投資商品が,一般消費者にも販売されるようになり,証券会社の販売担当者も金融商品の仕組みや危険性を理解しないままに勧誘を行っている場合がある。本件は,まさにこのようなケースであり,地元地方銀行に老後資産の大半を預けていた独居高齢者が,「リスク限定型」という実態に合わない説明によって本来負担する必要のないリスクが含まれた金融商品を購入させられてしまった事案である。本件のような被害には暗数も相当数存在すると思われる。金融庁や自主規制機関による規制強化が奏功し,同様の被害が減少することも期待したい。
判決PDF(確定)
⇒金融法務事情1920号108頁
⇒証券取引被害判例セレクト39巻57頁
⇒金融・商事判例1369号44頁
⇒消費者法ニュース88号301頁
⇒判例時報2116号84頁
(東京地判令和4年3月31日判決、東京高等裁判所令和5年11月8日判決) 「レセプト債」の証券化スキームにおいてSPC管理を受託していた会計事務所等の共同不法行為責任を認めた事例
2.大和証券
(東京地方裁判所令和4年3月15日判決) 大手証券会社である大和証券が、当時50代の主婦に対して、主婦が保有する有価証券を担保に合計9640万円の貸付けを行い(証券担保ローン)、当該証券担保ローンの借入金を原資として、仕組み債や投資信託など46銘柄の売買を繰り返し行わせた結果、全ての金融資産が失われた事案について、大和証券に対する損害賠償請求が一部認容された事例
3.静銀ティーエム証券
(東京地方裁判所平成23年2月28日判決) 銀行系証券会社によるノックイン型投資信託勧誘事案
4.アトランティック・ファイナンシャル・コーポレーション
(東京地方裁判所平成20年7月16日判決) ロスカット・ルールに関する重要な初判断
5.リソー教育
(東京地方裁判所平成29年3月28日判決,東京高等裁判所平成29年9月25日判決) 有価証券報告書等の虚偽記載等により生じた株価下落につき,株式会社リソー教育に対し,金融商品取引法21条の2第1項に基づき,第三者委員会設置の発表前に株式を取得した株主らについて,第三者委員会設置発表前終値から処分価格の差額を損害としてその賠償を認めた事案
6.アルファエフエックス
(東京地方裁判所平成22年4月19日判決) 区分管理を怠った業者の役員らの責任に関する判決
7.アーバンコーポレイション役員ら
(東京地方裁判所平成24年6月22日) アーバンコーポレイション事件の対役員らの判決
8.アーバンコーポレイション査定異議訴訟
(最高裁判所平成24年12月21日判決) アーバンコーポレイション事件の対会社の判決群
9.野村證券
(東京地方裁判所平成25年7月19日判決) 仕組債の時価評価についての説明義務違反など 10.幸せwin,大橋ひかる,マネースクウェアジャパン
(東京地方裁判所平成20年10月16日判決) 情報商材業者や,これを利用して集客していた業者の違法性を肯定したもの 11.KOYO証券
(東京地方裁判所平成28年5月23日判決) 株価指数証拠金取引(くりっく株365)について説明義務違反,過当売買の勧誘等の違法性を認め,過失相殺を否定して損害賠償請求を全部認容した事例 12.SMBCフレンド証券
(東京地方裁判所平成17年7月22日判決) 日経225先物オプション取引被害事案