弾劾証拠

 弾劾証拠というものがあります。

 私はそれをつい先日,損害賠償請求事件で利用しました。
 その裁判はまだ尋問を終えたばかりであり,弁論も終結していない状況なので,具体的には触れ難いので,別の例をまじえつつ弾劾証拠について話をしたいと思います。

 弾劾証拠とは,人の証言や供述等の信用性を攻撃し低下させるための証拠です(なお,今回は民事訴訟における弾劾証拠に話を絞ります。)。

 例えば,Aさんの「BさんにはCファンドでは月10%の利益が出るなどと言っていない。」という供述があったとして,それに対し,「Cファンドは月10%というのを売りにしていました。」という旨のAさんの話の録音データがあったとすると,Aさんの「BさんにはCファンドでは月10%の利益が出るなどと言っていない。」という供述が本当にそうなのか,疑わしくなります。
 このAさんの録音データのような証拠が,Aさんの供述に対する「弾劾証拠」と言われるわけです。なお,この録音データを「Cファンドは月10%というのを売りにしていた。」という事実の立証に使う場合は,普通の証拠です。 
 あくまで供述の信用性を下げることを目的にするとき,弾劾証拠と言います。

 民事訴訟における証拠は,原則として,尋問の相当期間前までに提出しなければならないことになっています(民事訴訟法規則102条)。
 しかし,例外的にこの弾劾証拠だけは,尋問の後で提出することが許されています(同条。尋問で話された内容の信用性を争う証拠なのだから,当然の話とも言えます。)。
 
 もっとも,この弾劾証拠,使いどころは非常に限られてきます。
 ほとんどの裁判では尋問中や尋問後に提出するという利用はされていないのが現状でしょう。
 というのも,弾劾に効果的な証拠であれば,そもそも最初から立証のための通常の証拠として提出したほうが良いことも多々ありますし,尋問前には和解協議がされることが多いところ,協議前に可能な限り証拠を出して有利な心証を作っておいた方が和解を優位に進めることができることもあります。
 そういった理由で,尋問に対する弾劾証拠というのは出番が少ないのです。
 他方で,通常の証拠として提出しても時間を与えればそれらしい言い訳を作れるだろうという場合や,和解に応じる気配がそもそもないような場合,客観的な証拠に乏しく供述の信用性が重大な問題になる場合などなど,事情次第で通常証拠ではなく弾劾証拠として使った方が効果的なケースも確かに存在し,どういう場合に弾劾証拠として利用するのが適切か,非常に難しい判断になります。

 弾劾証拠の使い方にもいろいろあるのでしょうが,私が経験したのは,相手の主張を支える供述を,あえて反対尋問で確固たるものとし,それを後で覆す,という使い方です。
 通常,反対尋問は,クローズドクエッション(YESかNOで答える質問)を用いて周囲を固めて追いつめるのが基本です。
 要するに,「お前は本当はどう言ったんだ」「どうしてそんなことをしたんだ」ということをストレートに・オープンに聞くのではなく,「こういう状況でしたよね」「こういう事情がありましたよね」などと,YESないしNOとしか答えようのない質問をすることで主導権を握りながら相手の供述がおかしいと思わせる周辺事情を固め,追い詰めるのです。
 そうしないと,相手に有利なことを繰り返し供述させるだけになるからです。
 それに対し,弾劾証拠を使う際は,あえてストレートな質問やオープンな質問を交えて,相手に有利な供述を固めてしまうのが一つの手なのです。
 
 例えば,「BさんにはCファンドでは月10%の利益が出るなどと言っていない。」と主尋問で供述したAさんに対し,反対尋問で,「本当は言ったんでしょ。」とあえて聞くと,当然,「絶対に言ってません。」と答えます。
 通常は反対尋問の失敗です。しかし,それをあえて続けます。
 「利益が出ると言い切らなかったにしても,月10%が目標とか言ったんじゃないですか。」「Bさんへの勧誘ですよ。Dさんとか,他に勧誘した人と取り違えてませんか。」と,聞いていきます。
 すると,相手は「具体的な数字は絶対出さない。」「Bさん含めて誰にも言わなかった。」などと,どんどん供述を 強固にしていきます。
 こちらはさらに「そう言い切れる根拠が何かあるんですか。」と聞くと,相手は「どのくらいの利益が出るかなんて一切知らなかったから,具体的な数字をいえるはずがない。」などと理由をつけて供述を補強してきます。
 
 これこそが,こちらの狙いです。そこで,すかさず,弾劾証拠を示すわけです。録音データの反訳文を示して,「Cファンドは月10%というのを売りにしていましたと書いてありますね。」と質問します。
 相手は「ハイ」としか言えません。
 Aさんは色々な理由をあげながら絶対月10%なんて言わない,と強固に供述しましたから,供述の信用性が瓦解します。
 
 実際には裁判官もすんなり弾劾証拠を尋問中に示すことを許可するとは限らず,相手方も必ず異議を出してきます。それらを躱し,解決する必要がありますし,弾劾証拠を示しながらの尋問も決して簡単ではありません。
 平気で嘘を重ねる供述者が相手ですから,うまく対応してくるかもしれません。
 供述者本人が対応できなくても,代理人が再主尋問で上手くフォローしてしまうかもしれません。
 それ以前に弾劾対象の供述を固める作業も,上記した例では上手くいっていますが,うまく言葉を濁されることは十分あり得ますし,深追いすると感付かれて台無しになる可能性もあります。
 お膳立てが上手くなければ,結局供述の一部だけ信用性が減殺されるにとどまり,全体としては信用性があると判断されることもあり得ます。

 だからこそ,燃えます。
 技術や戦術,事前準備の程度が大きく問われるのではないでしょうか。
 反対尋問の中でも,最も燃える場面だと思っています。
 またぜひ使ってみたいですね。

 
 一般の方も,今後傍聴で尋問を聞く機会があれば,オープンクエッションばかりで下手な反対尋問だな,と思う代理人がいてもそこで見限らず,最後まで見ていると,ドラマのような逆転劇が見れるかもしれません。