被告の最後の住所地が記載されていない債務名義による強制執行(2)

 まず,執行裁判所が債務名義に記載された被告と強制執行手続における債務者の同一性を判断して強制執行手続の許否を決する,という方法が考えられる。同一性の判断が客観的にかつ容易になし得る場合にはこの方法によるのが本筋であろう。しかしながら,同一性の判断が必ずしも容易でない場合には,執行裁判所に判断の負担を負わせるのは適切ではないのではないか。本案裁判所は本案の審理の過程で当事者の特定について審理・判断していること,住民票上の住所に記載された者との同一性は本案記録を照らし合わせてみることが望ましいところ本案記録は本案裁判所にあることなどからして,判決に記載された当事者と住民票に記載された者との同一性は執行裁判所ではなく本案裁判所の方がより適切に判断しうるものと考えられるし,現行の民事司法制度が採用する裁判機関と執行機関の分離は,「分離」することによってより「円滑」となるべきことを指向するものであるところ,同一性の判断を執行裁判所の職責とすることは,この制度の基本的な立て付けの趣旨自体とも整合しないきらいがある。現に,執行裁判所は当事者の「同一性」についての実質的判断に立ち入らないという姿勢を採ることが多く,例えば,実務上参照されることが多いと思われる全訂九版「書式 債権・その他財産権・動産等執行の実務」民事法研究会103頁にも,「債務名義等に表示された者がそれに表示された住所または所在地から現住所または現所在地に移転したことを証明しなければならない。」「この証明は,…証明力の問題があることから,住民票,戸籍の附票,外国人登録証明書,登記事項証明書,送達証明書,…等の公文書によってされるのが通例である。」「債務者の住所または所在地が管轄認定の基準となることや,債権差押命令発令前に債務者の反証の機会がないこととの関係で,債権者自身が作成した報告書だけでは債務者の住所または所在地の移転を認定することはできないとする取扱いをしている執行裁判所も多い。」と紹介されているところであるし,東京地方裁判所民事第21部もHPでも対外的に「債務名義作成後に氏名や住所に変更が生じた場合」には,「現在の氏名,住所等と債務名義上の氏名,住所等を併記し,戸籍謄本(抄本),住民票,商業登記簿謄本等の公文書でその同一性を証明する」ことを求める旨明記している。このような姿勢には現行制度の立て付けから見ても無理からぬところがあるというべきことは上記のとおりである。「最後の住所地」が債務名義上明らかなものについてでさえこのような議論・実務の取扱い状況なのであるから,本件で問題となっている,債務名義上の被告の最後の住所地が「不明」となっているものについて執行裁判所に(被告と債務者の)同一性を判断させようとするのは,執行裁判所に,上記の制度上の「分離」を圧してあえて不当に過重な負担を強いることとなるものであって,適切なものとは言えない。さらに屋上屋を重ねて言えば,債務名義の作成時に判明しなかった当事者の住所地がその後に判明するに至る経緯には,執行裁判所に対してそのまま報告をすることができない,あるいはそのまま報告をすることがはばかられるものもしばしばあり(かつての競業同業者,同一組織の在籍者,あるいは親族関係にあった者などであって被告のことを良く思っていない者,相被告であった者であって自らへの強制執行手続などによって自身のみが現実の賠償をしなければならなくなる現実的危険を察知してこれを避けようとする者,からの情報提供によることが多いが,これらの情報提供はほとんど一様に,その情報の出所の秘匿を求められる。),債権者側で債務者の関与なく「証明」することも困難な場合が多く,他方,債務者にとっても,反証の機会なく同一性を認定されることは手続保障に欠けるきらいがあると考えられる。
 次に,本案裁判所が判決に記載された被告と後に住所地が判明した被告の同一性を判断してこれが肯定される場合には更正決定をする,という方法も,簡便である。本案裁判所が債務名義と強制執行手続の連絡の円滑を指向するべきであるとの要請を強調し,判決の威信の維持,無用の混乱の防止・回避,簡便な方法による救済,訴訟経済といった更正決定制度の意義,また,強制執行手続との円滑な連結というこんにち的意義を強調すれば,訴訟経済等に鑑み特に判決に基づく強制執行を可能もしくは容易にするために必要があるときには,民事訴訟法257条を類推適用して住所表示に住民票上の住所を並記する更正決定をするのが相当であるとも考えられる(東京地決平成9年3月31日判時1613号114頁参照)。しかしながら,公示送達による送達を経て被告の最後の住所地が不明である判決がなされた場合には,そうでない場合(債務名義に最後の住所地が記載されていたり,あるいは真正な住所地ではないが委任状に記載された住所地が記載されている場合)とは,被告に対する手続保障の観点から区別して考えるのが適切であり,後者の場合にはともかく,前者の場合には,更正決定によるのは相当ではないと考えられる。(続く)(荒井哲朗)

 追記:なお,この点については平成23年11月21日に東京地裁で興味深い判決を得ている。

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