(続き)
(2)預金債権差押命令の申立にあたって取扱支店を限定(特定)しなければならず,そうでなければ銀行に過大な負担を強いることになるという決定例は,その判断の前提として,預金管理が各取扱店舗毎に独立して行われていることを前提としている。
しかしながら,支店毎に顧客管理がされていることを,単一の事業所(例えば本店)において預金債権を名寄せして探索しなければ差押え手続を行い得ないとの結論に結びつけるのは明らかに誤っているし,このような理解に結びつけるようなときには,そのような認識はこんにちの預金取引の実際を正解しないものであるとの非難を免れ難い。
ここでは預金保険制度下におけるオンライン名寄せシステムやいわゆるCIFシステムの内容の詳細には立ち入らないが,数次に亘ってオンライン顧客管理システムを構築してきた銀行が電子的記録によって預金を管理し,コンピューター上で預金口座に関する出入金情報を管理しているということ,及び,少なくとも本店において全店の預金者の口座を検索・探知し預金残高その他の内訳に応じて支払停止を行うことができることは,もはや,常識にも属する事柄である。
また,銀行が自行債権をより確実に回収するために一般的に採用している出金停止措置が支店を超えて迅速に行われることも銀行取引実務上周知の事実である(突発的な支払事故が生じた場合でも銀行は支店の異同を問わず貸付金を相殺によって迅速に回収している。)。銀行は,自行の利益のためには,預金の探索,自行債権に満つるまでの預金の相殺処理を行うのに(旧銀行取引約定書に,預金者または保証人の預金その他の銀行に対する債権について差押命令が発送されたときは当然に期限の利益を失って銀行に対する預金その他の債権の全てが当該銀行に対する債務の引当とされると規定されていたところである(旧銀行取引約定書第5条1項3号)。),差押手続において同様のことが行い得ないと考える理由はない。
(3)銀行の二重払いの危険を強調する決定例は,「第三債務者である金融機関の負担については,金融機関が差押債権の調査把握のために相当の手間と時間を要するということのみならず,その調査に相当の時間を要することに起因して二重払いや債務不履行の危険を負うこと,あるいは弁済の有効性等を争う紛争に巻き込まれる事態を生じさせないように事前に(申立時ないし発令時に)どう配慮するかという点こそが重要な問題で」あると指摘し,「第三債務者が債権者・債務者間の紛争に巻き込まれた第三者ともいうべき立場にある」ことを強調する。
しかしながら,二重払いの危険の問題は本来的には特定性の問題とは異なる問題であるし,預金差押に特有の問題でもない。弁済の効力が問題となったときには差押命令の申立の態様や差押債権の記載方法をも勘案して民法478条を柔軟に解釈することによって公平を図ることとするのが,立法的手当のない現状では適切である(同条の解釈の中で,差押債権の記載方法その他申立方法を参酌し,金融機関に不当な二重払いのリスクを負担させることのないようにするのが相当である。)。同法に関する従来の裁判例に照らしても,同法が柔軟な解釈を拒絶する硬直性を有しているものとも考えられない。そもそも,送達を受ければ「直ちに」差押の効力が発生すると抽象的に言ってはみても,民法478条の適用にあたっては,預金に関する情報を紙媒体で管理し,人的作業のみに頼って検索・探知し,作業するほかなかった時代と現在では,自ずと時間の経過についての評価も変わってくるのは当たり前の事柄であって,同条はそのような社会事象の変容を考慮して適用される柔軟性を欠いているものとも考えられないから,同条の解釈・適用にあたって,差押命令の申立,発令の方法をも参酌事由として利益考量を図るのが,妥当かつ公平である(差押命令が送達されているのに払戻をしてしまった場合でも,差押命令申立人が現在実務上一般的に採用されている預金債権の表示方法とは異なった表示方法を自ら採用したとして,公平の観点から,債権の準占有者に対する弁済を一定の範囲で広く認めることによって利害の調整がなされるべきである。)。
もちろん,差押命令の発令に起因して弁済の有効性が争われる事態が出来る限り生じないような配慮が必要であることは当然であるが,このような申立を許容しないとすれば現実の債権回収が著しく困難となって債務名義は文字通り画餅に帰し,本案訴訟の結果が実現されない事態となるという不健全な状況が放置されることになってしまうことにも同じく配慮される必要がある。他の債権差押命令における場合以上に銀行を過当に優遇することは適切でなく(法は差押命令手続において第三債務者に一定の負担が生じることを当然に予定している。),銀行の負担のみが異質なものであるとも考えられない。
さらに,金融機関は,差押命令に適切な対応をしている限り,不当な責任を負わされることはない(適時に払戻手続を行っている以上,差押手続との関係で多少の時間が経過することとなったとしても,銀行が債務不履行責任を負うことにはならないと考えられる。)し,金融機関は,差押命令の送達があったときにはこれに対処するに足りる合理的な時間払戻に応じないこととする旨の約款を定めたとしても不合理なものではなく,その効果を否定されることはないと考えられるから,しかるべき約款を策定するなどして負担及び責任を相当程度に軽減,回避しうるものとも考えられる。
さらに,しばしば指摘される手続的煩瑣や通常業務への支障等は,いずれも,あえて取扱支店を限定させてきた従来の預金差押実務があるがゆえにこそ生じる事柄であり,短期的混乱が生じこそすれ,それが解消してなお合理的な差押方法となりえないと考える理由とはならない。銀行にとっても,各支店に差押命令に対処する格別の担当者を配置するよりも,差押命令(現在でも膨大な件数である)に対処する部署を本店なり格別の営業所に設けることとすれば,手続的効率性を高めることもでき,手続的混乱の回避もより容易になるであろうし,このような部署を例えば地価や人件費の安い地域に設置するなどして経費の節減を図る可能性も生じてくるだろう(現実にコールセンターを地方に移設する金融機関が増えている。)。(続く)(荒井哲朗)