(続き)
(4)確かに,原決定も指摘するとおり,いわゆる無剰余取消を避けるために,上記のとおり,民事執行法63条に一応の手当が定められてはいる(いわゆる無剰余通知を受けているとしても,手続費用と優先債権の見込額の合計額以上の額(申出額)を定めて,同額に達する買受けの申出がないときは自ら申出額で買い受ける旨の申出をして同額相当の保証を提供し,買受けの申出の額が申出額に達しないときは申出額と買受けの申出の額との差額を負担する旨の申出をして買受可能価額との差額に相当する保証を提供し(民事執行法63条2項1号,2号),あるいは買受可能価額で自己の優先債権の全部の弁済を受けることができる見込みのない優先債権者の同意を得て(同条同項但書後段)強制競売手続を続行できる)。
しかしながら,買受可能価額で自己の優先債権の全部の弁済を受けることができる見込みのない優先債権者が強制競売手続の続行に同意するというのは,このような優先債権者が通常置かれている利害状況においては,合理的には期待することが困難なものであることは明らかであり(住宅ローンの支払を継続的に受けているのに,住宅ローンの早期償還がなされて利息収入も得られなくなるという結果をあえて甘受することは期待しにくい。なお,原決定は,?本件では買受希望者があるというのであるからこれを元に優先債権者と交渉すれば良く,交渉もしないで同意を得ることが困難であるとは直ちにいえない,などというが,無剰余通知がなされてから取消決定が発せられるまでには1週間しかないのであり,交渉を行う時間的余裕などないことはおよそ明らかであって,不動産の売買に係る買受の打診があってから買受の現実的な交渉が結実するに至るまでに相当期間を要するという実務上顕著な事柄を全く見誤るものというほかはない。),申出額以上の額を定めて保証とともに申し出るということは,すなわち,居住用不動産とは別の不動産を新たに買い付けるのと同様の負担を強いるに等しいものであって(立担保を要求されることとは,その負担の程度が格段に異なる),現在のわが国の不動産価格の状況及びわが国の一般的な世帯の余裕資産の状況に,非居住用不動産の購入にあたっては一般的に低利である住宅ローンを利用することができず,買受資金を用意することは極めて困難であること,居住用不動産であれば享受しうる税制上の優遇措置がないことを考え合わせると,これが通常の一般的国民にとって必ずしも現実味のない法律上の手当に過ぎないことはおよそ否定しがたいところであり(現在の不動産強制競売事件の帰趨を見ても,民事執行法63条2項の利用が,現実に,極めて少ないのが実情である。),民事執行法63条2項があるから権利保護の必要性などないということは,上記のような事情を困難としない程度の規模の資本を有している者のみにしか法律の保護を与えないと言うに等しい暴論であって,およそ国民の理解を得られるとは考えられない。原決定は,これを「事実上の困難」に過ぎないというが,事実上のものであっても厳然として存在する重大な障害である(しかも,国民の多くにとって現実の障害となるのである。)のであるから,これを事実上のそれであるとして配慮の外に置いてしまうのは,著しく適切さを欠くのではないか。(続く)