法と経済学

 大学院に通っている当時,「法と経済学」(法律上の諸問題を,経済学的手法を用いて分析する学問)という科目を履修した。他の法律科目とはかなり毛色が違うので,その授業内容はとても新鮮だった。

 その後,「法と経済学」という学問と触れ合う機会はないが,最近,「法と経済学」という言葉を思い出すことがままある。それは,投資勧誘を違法であるとして損害賠償を認容する裁判例において,安易な過失相殺がされている事案を見るときである。

 特定の投資取引においては,担当従業員が,投資経験の少ない素人の一般投資家に対して,過当(かつ不合理)な取引を勧誘し,悪質な手数料稼ぎを行うという古典的な違法行為が長年にわたり行われ続けている。しかし,このような事案においても,一般投資家にも落ち度があるとして,過失相殺を行う裁判例が存在する。

 業者は,長年にわたり同様の違法行為を行い,これにより利益を上げ続け,偶に違法行為であることを理由に訴訟が提起され,当該請求が認容されても,「過失相殺」の名のもとに裁判所が賠償額を減少してくれる。このような関係が成り立ってしまうと,業者としては違法行為を止める誘因を持たないこととなり(違法勧誘行為が経済的合理性を有する。),実質的には,司法が違法行為を追認している(お墨付きを与える)ようにも見て取れる。

 しかし,懲罰的損害賠償が認められていない我が国において,少なくとも違法行為を援助・助長・追認する効果を生じさせるような過失相殺は慎まれるべきである(ただし,最近は,「当事者の公平」という過失相殺の制度趣旨にしたがい,上記のような事案では過失相殺を行わない裁判例が増加している傾向にある。)。

 もちろん,弁護士としても,上記のような事案において過失相殺を行うことが,いかに当事者の公平という制度趣旨に合致していないのかを説得的に主張・立証していかなければならない。