支払義務を多く認め,2回の支払い遅延があった場合に期限の利益を喪失して確認金額及び遅延損害金の支払をすべきものとし,期限の利益を失うことなく約定にしたがった支払を了したときにはその余の支払義務を免除するというのは,実務上よく見られる訴訟上の和解条項であるが,意外にも,正しい条項が作成されている例は少ない。
例を挙げてみてみる。このような条項がよく見られる。
1 被告は,原告に対し,本件和解金として,金1000万円の支払義務があることを認める。
2 被告は,原告に対し,前項の金員のうち,700万円を,次のとおり分割して,○○に振り込んで支払う。
平成23年1月から平成23年7月まで毎月末日限り金100万円ずつ
3 被告が前項の分割金の支払を2回以上怠り,かつ,その遅滞額が金200万円に達したときは,当然に期限の利益を失い,被告は,原告に対し,第1項の金員から既払金を控除した残金及びこれに対する期限の利益を失った日の翌日から支払済みまで年10パーセントの割合による遅延損害金を直ちに支払う。
4 被告が期限の利益を失うことなく,第2項の分割金の支払をしたときは,原告は,被告に対し,第1項のその余の支払義務を免除する。
5 原告その余の請求放棄,精算条項,訴訟費用各自弁
しかし,これは正確ではない。例えば,平成23年7月の支払をしなかった場合にどうなるか。あるいは,4月,5月,6月,7月と100万円に満たず,不足額が200万円に達しない金額が支払われた場合にどうなるか。これらの場合,3項に係らないから,第1項との差額である300万円について,給付条項を欠くことになる。4項の免除条項は適用されないが,支払義務があるが給付の定めがないという中途半端なことになるのである。また,7月分,あるいは7月現在で残っている不足額については,2項に給付条項がありはする。しかし,3項に係らないから,遅延損害金の割合が定かではない。民法の原則に戻って年5パーセントになるということかも知れないが,遅延損害金を10パーセントとした当事者の意思にもそぐわないし,統一性を欠いて美しくない。
それでは,
4項に,被告が第2項の平成23年7月分の支払を怠ったときは,被告は,原告に対し,第1項の金員から既払金を控除した残金及びこれに対する平成23年8月1日から支払済みまで年10パーセントの割合による遅延損害金を直ちに支払う。
という条項を入れてみたらどうだろうか。
いや,これでは6月分の支払をしなかった場合に同じ問題が生じる。6月分の支払をせず,7月分の100万円を支払った場合には,3項にも新4項にも係らないから,問題は解決しない。6月に支払わずに7月に支払うことなどあるのか,という実際的な疑問はあるが,可能性としてあり得る以上,手当てしておかなければならない。6月分を支払わず7月分を支払ったときには,その支払を6月分の支払として取扱い,新4項に係らしめれば良いのではないかという意見もありそうだが,弁済の充当は,被告の任意になし得るのであるから,勝手に6月分として取扱うことはできない。
そこで,4項に上記条項を入れた上で,2項1文に続けて,「ただし,弁済の充当は法定充当にしたがう。」と入れれば,解決するのではないか。
と考えたが,果たしてこれでよいのかどうか。
このように,実務上多用されている和解内容についても,これをきちんと和解条項に反映させるというのは,難しいものなのである。(荒井哲朗)