民事上の共同不法行為責任の成否の判断への刑法上の概念の取り込みの可能性について

 例えば,高齢者に対して詐欺商法の勧誘をして基本契約を締結させた後に被害者の誤信等に対する何らの手当もすることなく担当から外れたり退社したりした者の責任,金銭収奪後に詐欺商法の紛争を沈静化させるいわば後始末役として詐欺商法業者に入り込んで違法利益に与りながら被害者の苦情処理などを行った者の責任などがしばしば問題となり得る。
 仮に,組織的な詐欺商法への加功と評価されるべき者らの行為を分断的に捉えるとしても,賠償するべき相当因果関係のある損害を具体的に関与した時期に生じた部分に分断・限定する考えを採ることは相当ではない。
 この点については,共犯の正否に関する刑法の解釈論を参考にするのが適当ではないだろうか。つまり,加害者が詐欺商法から離脱した後に発生した損害について帰責させられるべきかについてはいわゆる共犯からの離脱の理論を,詐欺商法に具体的加功をする前に発生した損害について帰責させられるかについてはいわゆる承継的共犯の理論を,それぞれ参考にすることが有用であると考えられるのである。
 
 まず,共犯からの離脱について判例(最決平成元年6月26日刑集43巻6号567頁)は,「被告人が帰った時点では,Aにおいてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかったのに,被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく,成り行きに任せて現場を去ったに過ぎないのであるから,Aとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず,その後のAの暴行も右の共謀に基づくものと認めるのが相当である。そうすると,原判決がこれと同旨の判断に立ち,かりにBの死の結果が被告人が帰った後にAが加えた暴行によって生じていたとしても,被告人は傷害致死の責を負うとしたのは,正当である」と判示している。
 学説は,従来は実行の着手後は共犯関係からの離脱(共犯関係の解消)を認めないと解するものが多かったが,近時通説的見解になっているそうでない見解も,実行行為の途中において他の共犯者に対する離脱の意思表示とこれに対する共犯者の了承に加えて,さらに,他の共犯者が現に行っている実行行為を中止させた上,以後は自己を含め共犯者の誰からも離脱時の共同行為が継続されることのない状態を作り出した場合にのみ共犯関係からの離脱・共犯関係の解消を認める。
 これを詐欺商法事案についていえば,一旦詐欺商法に加功した者らは,その各自の組織における役割に応じて詐欺商法を継続・拡大・助長・支援したものであるが,その詐欺商法に具体的な加功を停止して「離脱」したとしても,「離脱」するに際して,積極的に結果発生を防止する措置を講じたと言えなければ,因果関係が遮断されたと見るべきではない。したがって,私法上の金銭賠償責任を負う限度で(身体刑までをも科される刑事上の共同正犯ないしその教唆犯・従犯の責任との均衡からして)共同不法行為責任を負うというべきであろう(その加功と損害との間に因果関係があると見るべきであり,あるいは因果関係が遮断されたとは見るべきでない。)。

 次に,刑罰法規の適用に関する解釈論においては,実行行為に途中から加担した者(承継的共犯)について判例(大判昭和13年11月18日刑集17巻21号839頁)は,「刑法240条後段の罪は強盗罪と殺人罪もしくは傷害致死罪より組成せられ右各罪種が結合せられて単純一罪を構成するものなるを以て,他人が強盗の目的を以て人を殺害したる事実を知悉し,其の企図する犯行を容易ならしめる意思の下に該強盗殺人罪の一部たる強取行為に加担し之を幇助したるときは,其の所為に対しては強盗殺人罪の従犯を以て問擬するを相当とし,之を以て単に強盗罪もしくは窃盗罪の従犯を組成するに止まるものと為すべきにあらず」と判示しており,これを承継的共同正犯をも認める趣旨であるか否かについては若干の異論も見られるところであり,承継的共同正犯については下級審は必ずしも統一されていない(代表的裁判例として大阪高判昭和62年7月10日高刑集40巻3号720頁など)が,学説も,少なくとも承継的従犯の限度では承継的共犯を認める。
 これを詐欺商法事案についていえば,加害者らが詐欺商法に具体的加功をする前に既に損害が発生していた場合であっても,そのような加功者らは,先行して詐欺商法を行っていたその余の加害者らによって形成された詐欺商法を容認し,形成された組織的詐欺商法の仕組みを自己の利益ために利用する意思を持って加功したのであって,私法上の金銭賠償責任を負う限度で(致死の結果までをも帰責させられて身体刑までをも科される刑事上の承継的共犯の責任との均衡からして)共同不法行為責任を負うというべきであろう。