預金債権の差押えにおける取扱支店の特定の要否(5)

(続き)
(5)現在の運用上「特定」の概念が客観的意味のそれや日本語としての一般的な意味を離れた「債権者と第三債務者との間の利害状況を総合して第三債務者に債権者との関係で公平を失する程度の過大な負担を負わしめないための要件」という評価的概念となっていることは上記のとおりであり,法制度全体を支配する価値である「公平」は差押債権の特定の問題を考えるに際しても重視されなければならないことはいうまでもない。
 この点に着目して,差押命令の申立に先立ち,第三債務者になることが想定される銀行に対して弁護士法23条の2に基づく照会請求(弁護士会照会)によって債務者の口座の第三債務者における取扱支店等を照会し,同照会請求書には債権者が債務者に債務名義を有していることを記載し,同照会が預金債権差押命令の申立のために必要である旨及び回答がなされない場合には支店を限定しないでする差押命令の申立をせざるを得ない旨明記するなどの方法が試みられて良い。なお,銀行には弁護士法23条の2に基づく照会請求に回答するべき法的義務があるというのが大勢の理解であり,債務名義を有する債権者がその債務者の預金債権に対する強制執行手続を行うために弁護士法23条の2に基づく照会請求がなされたときには,預金者の個人情報・プライバシーの利益と弁護士法23条の2の制度趣旨等を衡しても,やはり回答義務があると考えるべきである(プライバシーに基づく守秘義務と23条報告義務との優劣について東京高判平成22年9月29日判時2105号11頁・被害回復11頁参照。同判決は興味深い内容を含んでいる。事案は,強制執行のために債務者の転居届を23条照会をしたところ,郵便事業会社が通信の秘密(憲法21条2項後段),信書の秘密(郵便法8条1項),「郵便物に関して知り得た他人の秘密」(同条2項),プライバシー,個人情報保護法23条1項を理由に報告を拒絶したので,これが不法行為を構成するとして損害賠償請求訴訟を提起したものであり(原審は東京地判平成21年7月27日判タ1323号207頁),同判決は23条照会の意義を高く評価し,これを郵便法上の義務や守秘義務に優越する旨明示し,「23条照会は弁護士会が所属弁護士の照会申出を審査した上で行うものであり,このように濫用的照会を排除する制度的保障が設けられている以上,23条照会を受けた被控訴人としては,弁護士会が濫用的照会でないことを前提として,特段の事情のない限り,当該照会に係る事案の個別事情に関する事実等を調査することなく,郵便法8条1項,2項,プライバシー,個人情報等に基づく守秘義務と23条報告義務との優劣を判断すれば足りるものと解される。」,「弁護士法23条の2は,個々の弁護士に所属弁護士会に対する照会申出の権限を与え,同弁護士会に照会の権限を与えている。したがって,本件においては,被控訴人が23条照会に対する報告を拒絶したことにより,東京弁護士会が,その権限の適正な行使を阻害されたことは明らかである。23条照会の適正な制度運用につき一定の責任ある立場に立つ東京弁護士会が,適正な権限行使を阻害されたことにつき,無形の損害を受けたと評価することもできる。」などと判示した上,「補論」として,「本件の争点に関する判断は以上であるが,本件の性質及び本件訴訟の経過にかんがみ,若干付言する。本件は,控訴人が確定判決という債務名義を得ながら,執行を免れるために住居所を変えたものと推認される債務者三好につき,その新住所地を知りたいと考えた控訴人の代理人弁護士らが,23条照会に一縷の望みを託したにもかかわらず,それが叶えられなかったことの法的意味合いを問うものであった。被控訴人は,本件照会に対する報告を拒絶したが,それは通信の秘密を守る役割を有する機関としての責任感に基づくものであった。しかし,本件で判断したとおり,本件照会事項1ないし3(注:1転居届の有無,2転居届の提出年月日,3転居届記載の転送先)については23条報告義務があり,これを拒絶することには正当な理由がないのである。そこで,当裁判所としては,被控訴人に対し,この判決を契機として,本件照会に改めて応じて報告することを要請したい。また,さらに,新住所という転居先に記載された情報に関しては,本判決の意のあるところを汲み,23条照会に応ずる態勢を組むことを切に要請したいと考える。」と説示している。)。これに対して,銀行が「相手方の同意が確認できない」などとして回答を拒絶するような場合には,そのような応答は弁護士法23条の2に基づく照会に応じないという違法なものであるというべきであり,ひとまず「違法」であるかどうかの評価を措くとしても,いずれにしても差押債権者において取扱支店を特定(限定)できないのは,第三債務者である銀行の応答の結果なのであるから,その不利益を債権者に帰せしめるのは公平ではなく,仮に,このような応答をしたことによってより負担や煩瑣が大きくなることがあったとしても,そのような負担や煩瑣はそれを自招した第三債務者にこそ帰せしめられるべきであって,差押債権の特定を欠くなどとして申立が却下されることは法秩序全体を支配する価値である公平に悖るといわなければならない。(続く)(荒井哲朗)